第六章 冬休み前半 レイシア15歳 弟9歳
370話 カミヤ商会の提案
「ただいま帰りました。お父様、お客様を連れてきましたわ」
この冬の帰省は馬車で帰って来た。レイシアは、黒猫甘味堂の関係商会であるカミヤ商会の者たちと一緒に帰って来たのだ。その事は先に帰したサチからお父様に知らせておいた。
お昼過ぎに屋敷の前に着いた馬車から降りたレイシアはドレスを身にまとい、ポエムと一緒に馬車から降りると、お嬢様の仮面を見事に着けなおした。
「お帰りレイシア。こちらがお世話になっているという、カミヤ商会の方々かい?」
クリフト・ターナーは領主としてカミヤ商会の方に挨拶をした。
「初めまして。私は、カミヤ商会の会長を任せられておりますヒビ・カミヤでございます」
「ああ。領主のクリフト・ターナーだ。こんなところで立ち話もなんだな。セバスチャン、お客様達を客間へご案内するんだ。落ち着いたら話をしよう」
「ありがとうございます」
カミヤ商会一行は、執事に案内され館の中に入っていった。
「お姉様! おかえりなさい」
クリシュがレイシアに近づいて挨拶した。
「クリシュ。大きくなったわね」
レイシアはクリシュの頭をなでた。
「1月になったら、また王都に行かなければならないんですよ。お姉様、それまでは一緒に楽しみましょう」
「そうねクリシュ。一緒に楽しみましょう」
ふたりは笑い合った。少ししか一緒にいられないのが分かっているぶん、それまでの時間を大切にしようと思っているかのように。
再び出てきたカミヤ商会の店員たちが荷物を下ろし始めた。
「では会合の準備を始めるよ。レイシア、クリシュ」
二人は、お父様に付いて館に入っていった。
◇
領主クリフトとレイシア、クリシュが並んで座っている。そこに側近を連れたカミヤ会長が案内されてきた。改めて挨拶をかわし、お土産という贈り物を渡し終わったカミヤはレイシアとの関係を話し始めた。
「レイシア様にはうちの娘を含め、とてもお世話になっているのです」
「ほう。レイシアはなぜ商会と関係を持つようになったのだ?」
「はい。商会とレイシア様が関係を結んだのは、私の娘が働いているメイド喫茶を作ることになった時のことです」
「メイド喫茶? クリシュ、お前がこの間レイシアと行ったというお店か?」
「確かに僕はお姉様と行きましたが」
「そうですねクリシュ、あなたが会ったメイさん。彼女がカミヤ商会のお嬢様ですよ」
クリシュは、あのテンションの高いメイドがこの人の娘なのかと不思議に思った。
「メイさんは仕事をしている時はとても有能なのですよ。貴族街におけるメイド喫茶の可能性のレポートはメイさんが書いたものですし、執事喫茶のアイデアもメイさんが出したのですよ」
何を言っているのかさっぱり分からないのがクリフト。
「レイシア。私に分かるように話してもらえないか」
レイシアは、話題から置き去りになっているお父様を見て、まあそうだねと思い直した。
「ふわふわパン、ありますよね」
「ああ」
「あれを発明したのが黒猫甘味堂という喫茶店の店長なのです。そこから私が店長と一緒にメイド喫茶黒猫甘味堂を作りました。その時に協力と出資をして下さったのがこちらにおられるカミヤ商会様です。ちょうど店長候補のメイさんが仲介をして下さったのですわ」
「うちの娘が、レイシア様から頂いたサクランボジャムのクッキーがご縁となりました。ちょうど学園で私の弟がレイシア様よりジャムを一瓶金貨一枚で買い取った後でしたのでご縁がつながりました」
「金貨一枚だと! 何をしたんだレイシア」
「普通の取引です。たまたま授業中にジャムが三瓶ありましたので、競りにかけたら試食用にしたジャムを含めて三瓶で金貨三枚の取引きができただけです。私はたしかに
「それにしてもジャム一瓶で金貨一枚とは……」
「いえ。そのおかげでレイシア様とオヤマーの元領主オズワルド様とのご縁ができましたし、他の貴族の方々につながりを持つこともできました。今年はレイシア様からサクランボジャムの独占販売を依頼されて大儲けさせて頂きました。サクランボジャムのサクサククッキーも、とても好評でした。王室からすべて買い取ると連絡が来ました。それもこれもレイシア様のおかげ。そこで、ぜひ領主様にお礼と新しい取引を申し出たいと思い、レイシア様に相談をさせていただいたのです」
「はあ。そうなのかレイシア」
「はい。料理長と開発したサクサククッキーは、サクランボだけでなくいろんなジャムでも商品化出来そうです。問題は量産化ができないと言う事でしょうか」
「お姉様、孤児院の仕事にしては?」
「今忙しいでしょ? 無理はよくないわ」
「量産化ができるならぜひカミヤ商会で取り扱わせてください」
目の色がかわる会長。取り残されるお父様。
「それで、カミヤ商会は我々に何をもたらしてくれると言うのだ?」
領主として話を無理やり戻そうとした。
「ターナー領は王都からも、交易の中心、港町サカからも遠い辺境の地。商人もなかなか寄らず、入ってくる商品も他で売れ残ったものが中心だとレイシア様から聞いております」
「ああ。必要最低限なものは契約で持ってきてもらっているがな」
「それも価格が高額になっていると聞いております」
「仕方がないんだ。商人なら分かるだろう」
「はい。そこでです。この領の特産品を我々カミヤ商会に優先的に回して頂けないでしょうか。そのために毎月一度定期的に馬車を回します。もちろん、ターナー領で必要なものは全て王都の価格でお持ちいたします。例えば紙。こちらでは王都の3~4割増しでお買いになっていると聞いております。我々は一番の目的がこちらで仕入れることです。空荷で馬車を回すより、売り物を積んできた方がお互いに利を得るというもの。今回お持ちした商品をご覧になってください。全て王都と同じ価格で、必要なだけ取引きさせて頂きます」
クリフトは、あまりにも好条件の申し入れに、騙されているのではないかと感じていた。このターナー領に、そのような取引きに応じられる程の商品価値があるものがあるとは思えなかった。
「ご自身では案外分からないものですよ。それに商品はどれだけ良くても売り方ひとつで価値が上がることも下げることもできるのです。それに」
カミヤは一息ついた。
「それに、なんだ?」
「この領にはレイシア様がおられます。それにレイシア様が大切にしているクリシュ様もです。失礼ですが、今は確かに見るものもないような辺境の地という評価になりますが、私はこの領の未来に投資したいのです。レイシア様とクリシュ様に。もちろん、サクランボという唯一無二の特産品。さくさくクッキーという他では作ることのできないお菓子。王室に繋がりを持つためには、この程度のリスクなどなんでもございません」
力強く言葉を発するカミヤ。
「話は分かった。少し整理させてくれ。会長と側近二人は客室でもてなそう。他の商会員は離れでいいな。馬は馬小屋を使うといい。夕食に招待しよう。それまでくつろいでいてくれ。こちらもいろいろと考えよう」
そう言ってカミヤ商会一同を下がらせた。
「レイシア。それにクリシュ。私の部屋で話をしようか」
クリフト、いやお父様は頭を搔きながら難しい顔をしてため息をついた。
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