オヤマーで会議

「では、今日はオヤマーに視察に行きながら一泊します。よいですね、メイさん。それとメイさんのお父様と皆様」


 レイシアはカミヤ商会へ、黒猫甘味堂店長のメイとメイの父を迎えに行った。お祖父様から相談されている『黒猫甘味堂2号店』についての話し合いと現地調査をするためだ。


「レイシア様ありがとうございます! 私メイはいつでもレイシア様の指示に従います。レイシア様の為でしたら、たとえ火の中に飛び込めと言われたら……」

「いいから! そんなことしなくていいから! メイさんは自分で判断してください。いいですね」


 熱狂的なレイシア信者と化したメイに困惑するレイシア。


「娘がいつもご迷惑おかけしております」


 苦笑しながらメイの父、カミヤ商会の会長のヒビ・カミヤはレイシアに謝った。


「いえいえ、メイさんは仕事の上では頼りになる店長さんです。頼りにしておりますよ」

「そう言って頂けると父親としてありがたいです」


「さあ、行きますよレイシア様。メイさんも店長として行くのですから立場をわきまえなさい」


 サチがレイシアとメイをたしなめる。それでこの場は落ち着きを取り戻した。

 馬車に乗り込み、一行はオヤマーを目指した。


 商人でもなければ、平民がよその領に行くことはなかなかない。王都に暮らしている者はなおさらだ。初めて王都から出たメイは、移動中から興奮していた。ましてや馬車も初めての体験。ゴトゴト揺れる乗り心地の悪ささえも楽しく思えていた。


「こんなに揺れるものなのですね。レイシア様」

「そうね。走った方が揺れないし早いわね」

「レイシア様、それは一般的ではないですよ」


 メイとレイシアのかみ合っていない会話にサチがツッコミを入れる。メイの父親はどうしていいか分からない。そんな何とも言えない状況を続けながら、ほのぼのと馬車は進んでいった。



 今は王都に住んでいるオズワルド・オヤマーお祖父様。オヤマーの邸宅は息子に明け渡したため、なじみの高級宿屋の数室を借り会議室と客室にした。この件に関しては、息子とは関係を持たない方が良いという判断からだ。


 この事業も、領ではなく完全に個人の仕事として行うため、出資者を募りながらやることになる。そのため、準備は丁寧に行わないといけない。いままでの領主としての権限で事業を広めていた時とは手順が変わるため、特に自領で行う時は注意が必要になる。 


 王都であれば手続きをきちんと行っていれば通るものも、仲が良いとは言えない息子が管理するオヤマーではどんな妨害が来るとも限らない。中に立つ法衣貴族の職員たちの苦悩を増やすのはよろしくない。

 手腕と実力と人気と信用がある前領主に対し、いまいち信用のない現当主がトラブルを起こせば、苦労するのは板挟みになる職員たちだ。職員たちの権力闘争に使われるのも、領にとって良いことは何一つない。だから、関係するものを増やし、利益を分散させることで反対しにくくさせなければいけない。

 オズワルド・オヤマーは、前領主としての責任感からそう判断したのだった。



「この度はご招待頂き、誠に感謝しております。オズワルド・オヤマー様肝いりのこの事業、必ず成功させるよう邁進まいしん致します」


「ああ。儂もできる限りのことはしようと思っておる。そなたたちを損などさせないつもりだ。お互い気持ちよく商売できるように手を取り合おうではないか」


 にこやかに始まった会談はレイシアの意見が入るたびに白熱してゆく。


「ですから、オヤマーでは王都にはないオリジナルなメニューを作りたいですよね」

「なぜだ?」

「オヤマーから王都に行く人は王都からオヤマーにくる人よりも多いですよね。だとすれば王都で入る特別感みたいなものにオヤマーのお店は負けてしまいますよ。そこに本店にはない特別感を作れば共存共栄になるのではないでしょうか?」


「レイシア様! 本店にも新メニューが必要です! 最近お客様のリピート数が減ってきました」

「メイ! 今はオヤマーの……」

「それは大事な情報ですね。メイさん、後でその情報まとめてもらえますか?」


 そんな感じで、本店のメニュー改善や新イベントの開催、メイドの教育まで含めて話は多岐にわたり、非常に白熱した会議になった。

 今回の話し合いで、オヤマーのお店でのメインターゲットは『法衣貴族の子女』に合わせることが提案された。


「そうですの。私がお茶会を開いた時に法衣貴族の方々に満足いくお茶会が出来ました。そうですよね、メイさん」


「はい。レイシア様が開いたお茶会。あれはスタッフ一同感激しておりました。私達平民が行う『なんちゃってメイド』。もちろんレイシア様とサチ様から十分に仕込まれたとはいえ、貴族とは縁のない平民の集まりです。それでも、本物の貴族のお嬢様達に感動を与えることができたことは私達の誇りとなりました」


 メイたち平民にとっては、法衣貴族も立派な貴族。違いなど関係なかった。


「だが、とある伯爵がお前たちの店をまねて王都の貴族街で開いた店は早々に潰れたのではなかったか? あれを見て儂はすぐに店の形態を特許化させたはずだが」


「あれは高位貴族をターゲットにしたからです。普段からメイドのいる生活をしている者に質の悪いなんちゃってメイドの給仕が通用するわけないではありませんか。それに食品の質も悪かったですし。コンセプトを取り間違えれば潰れるのは当たり前です」


「そうだな」


「お祖父様の目的の一つが、『王都で学んで王都に残るオヤマーの領民を取り戻したい』ということでしたわよね。それであれば、学園でメイドを目指しながら職にあぶれた方々に働いてもらえばいかがでしょうか? 貴族街で、メイドの教育を学園で受けた法衣貴族子女に給仕を受けられるお店。高位貴族に憧れる法衣子女には、夢のようなお店になると思うのですが。そうなれば、平民街に行きづらい王都の法衣貴族がオヤマーまで来ることも考えられますわ」


 王都と同じような店を作ればいいとイメージしていた大人たちは、レイシアとメイの意見にプランの練り直しを覚悟した。貴族街への出店となれば予算が倍増どころではない。昼食を取るのも忘れ、アイデアと意見が交錯する会議は暗くなるまで続いた。

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