クリシュとレイシア メイド喫茶へ行く

 店長とサチがそんなことになっているとはまったく知らないレイシア。クリシュを連れて「メイド喫茶・黒猫甘味堂」へと進んでいった。

 相変わらずの行列。レイシアが静かに最後尾に並ぼうとした時、お店のドアが開き雇われ店主のメイがレイシアに向かい突進してきた。


「黒猫様のご帰還です。皆さま盛大な拍手を!」


「キャー! 黒猫様!」

「えっ、本物!」

「確かに黒猫様よ!」

「初めて見たけど銅像にそっくり!」


 古参のお客様は心からの拍手で迎え、新参のお客様は伝説のアイドルを見るような目でレイシアを見つめていた。


「銅像?」


 銅像という言葉に反応したクリシュ。レイシアはあわてて話をそらした。


「メイさん。お客様を興奮させてはいけません」

「いいえ、これはお客様サービスです。皆さまがレイシア様に気付かなければ、どれほどの後悔を起こす事か。毎日来ていただければこんなことにはならないのですが」

「無理は言わないで。まったくもう」


 いきなり始まったレイシアとメイの会話に呆然とするクリシュ。その姿を見たメイがレイシアに聞いた。


「ところで、そちらのお方は? は、もしやレイシア様の」

「弟よ、弟!」

「レイシア様のご自慢の弟様!」


 その声に周りの女子が反応した。


「弟さん?」

「弟ですって」

「カワイイ!」

「ステキ!」


 ざわざわと黒猫様の弟という情報が広がる。クリシュを見る女の子たちは、クリシュの端正な顔立ちと可愛らしさの相乗効果にキュンキュンしていた。


「初めまして。私レイシア様の右腕、レイシア様の下僕しもべ、レイシア様の一番の従僕のメイと申します」

「変な紹介やめて!」


「僕はクリシュ・ターナー。いつも姉がお世話になっています」

「いえいえ! お世話だなんて! いつもして差し上げたいのですが、なかなかこちらに寄られないので十分なお世話が……」

「メイさん。黙って!」


そんな会話を横で聞いていた女子達は、


「クリシュ様ですって!」

「クリシュ様?」

「何てお呼びしましょう」

「弟様だから、おと猫様?」

「クリ猫様?」

「ちび猫様?」

「ちび猫様はダメよ!」


 などと、クリシュにあやしさ満載の二つ名が付こうとしていた。


「レイシア様、このままではお嬢様達の妄想が止まらなくなります。ひとまず店内へどうぞ」


 レイシアは「そうね」と頷くと、困惑しているクリシュの手を引いて店内に向かった。クリシュの歩調と一緒に女の子たちの歓声が波打つように上がっていった。





「あんまり変わらないわね」


 店内の『レイシア様専用特別席』に座ったレイシアとクリシュを、お嬢様達が興味津々に眺めては、コソコソと話をしている。


「外にいるよりはましですわ。中に入れば皆様、一生懸命お嬢様風に振舞おうと頑張りますから」

「じゃあ、出たら凄いことになるじゃない!」

「それはそれです」


 そうこうしているうちに、三人分のふわふわハニーバター、生クリーム添えセットが運ばれてきた。


「なぜ3人前?」

「もちろん、私もご相伴に預かるためですわ」

「仕事しなさい、メイさん」

「正当な休憩時間です」


 まわりのメイドがコクコクと頷く。休憩時間と言われては反論が出来ない。


「お姉様はお店ではどんな感じなのでしょうか?」


 クリシュが間に入り、話をしようと質問した。その瞬間、ざわざわとざわめきが起こった。


「ステキな声」

「かわいい!」

「生声!」


 そんなことは気にせず、メイはここぞとばかり語り始めた。


「レイシア様はこの店では神! そう、神でありこの店の救世主であり、希望の星であり、そうトップの中のトップ! 崇拝対象ですわ!」


「はあ?」

「やめて!」


「やめません。私達従業員は全員レイシア様にご恩を感じているのです。レイシア様が発明されたお菓子とお給仕の黒猫甘味堂。このお店ができる前には、女性が安心して楽しめるお店などどこにもありませんでした」


「そうなのですか?」


「はい。そして女性が心から働きたいという職場もありませんでした。女性が女性として輝ける職場と、女性が男性の目を気にせず楽しめるお店。この二つを同時に作り上げたレイシア様は、私達女性に希望と新しい未来を見せて下さったのですわ」


「私、そんな事していないから!」


「いいえ、現実にそうなっております。メイド喫茶黒猫甘味堂は、女性が働きたいお店NO1なのです。2号店を出してほしいという要望が毎日のように来ているのですよ」


 クリシュは「お姉様、素晴らしいです」といいながら感心し、レイシアは自分の認識を疑い始めた。


「その事なんですけど、メイさん」

「はい。なんでしょうか?」


「お祖父様がオヤマーに2号店を出したいと言っているのです」

「オヤマーに、ですか?」


「ええ。その時は協力して欲しいんだけど」

「もちろんです! レイシア様の頼みであればどのようにでも! と言いたいのですが、オヤマーですか。王都ではないのでしょうか? この間の法衣貴族のお茶会を見る限り、法衣貴族用のお店を出しても成功する気がしましたが」


「そうかな。その件、上手くいくと思うのならレポートにしてみて」

「かしこまりました。計画書作成して見ますね」

「お祖父様に話は通しておくわ」

「では私も、商会の方に話してみます」

「問題は資金よね」

「それはなんとかなるかと。それよりも人材育成ですわ」

「そうね。質は落とせないわね」


 なんだかんだ言いながら、店の経営に関してきっちりと答えているレイシアを、クリシュは尊敬の目で眺めながらふわふわパンを食べた。

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