クリシュとレイシア お祖父様との会食
メイド喫茶黒猫甘味堂を出て散歩をしていたら、ポエムが夕食の場所を知らせに来た。お祖父様との食事はさすがに平民街ではできない。レイシアとクリシュは貴族街へ向かう事になった。
◇
「平民街はどうであった? クリシュ」
お祖父様が聞くと、クリシュは平然と答えた。
「はい。流通について考えさせられました」
「ほう。どういうことだ?」
「ターナー領では高い紙が、ここ王都の平民街では食べ物を包んで捨てるほど安いのです。もちろん質にもよるのですが。ターナーの災害で、いまだに街道がきれいな状態まで直っていないことが一因ではないかと思っております」
「ほう」
「ご存じの通り、ターナーは辺境の地。中央から見ても街道を整備してまで取引したいものもないのが現実。そのため街道整備がそれなりの所で終わってしまったのでしょう。もちろんターナーには街道整備に予算を回す余裕がありませんし」
「そうだな」
「しかし、それではいつまでたっても領地の発展は見込まれません。アマリーとターナーを結ぶ街道の整備をどのようにすればいいのか……。課題が山積みな事だけが分かりました」
おじいさまは頷くと、クリシュに向かって行った。
「本当にお前たち姉弟はどうしたらそこまで聡く育つんだ? 買い物に行ってそこまで考える者など、儂の配下にもおらん。おまえら何歳だ? クリシュはまだ10歳だったか。これでは同年代の貴族の子が馬鹿に見えて仕方がないだろう」
「ええ。学問を習っていないので馬鹿とは思いませんが、向上心の無さには辟易としました」
「そうか。それはそれで大変な学園生活になりそうだな。学園での友人関係は将来に渡って繋がっていく。あまり見下すような態度をとって孤立すると大変じゃぞ」
「分かっております、お祖父様。お祖母様を扱うようにすればいいのでしょう?」
お祖父様はため息をついた。もしかしてこの歳で性格が歪んではいないかと心配しながら。
「そうか。まあ、上には上が……いるのか?」
「大丈夫です。僕の上にはお姉様がおりますから」
「それもどうなんだ?」
クリシュも大概だが、レイシアは規格外。目指す所がそこでいいのかと思いながらも、ほかによいモデルを見つけられないお祖父様。そうだ、とばかりにレイシアに聞いた。
「そういえば、レイシアはアルフレッド王子と同級ではなかったか? どうだ、王子ともなると他の貴族とは違うだろう?」
レイシアは王子の事を思い出しながら話した。
「そうですね。昨年はAクラス。今年は実質Aクラスの上の特別免除枠なので努力家だと思いますね。特別枠は私とアルフレッド様二人で他にAクラス相当の方もいなかったので、私とアルフレッド様はAクラスで一緒に学ぶようにと特別枠が無くなったのですよ。アルフレッド様は学業だけでなく武芸も他の生徒より頭一つ抜きんでています」
レイシアから見ても王子は他の貴族とは違って、努力家だと言う事が分かる。
「そうであろう。クリシュ、王子のような貴族もいるのだ。見習うのは王子にしたらどうだ?」
「お姉様はどうなのですか?」
「私? 私は一年から一番でしたね。王子に剣で負けたこともありませんし」
「やっぱりお姉様はすごいです。僕はお姉様を目指します!」
キラキラとした瞳でレイシアを見つめるクリシュ。どうしたもんかと頭を抱えるお祖父様。
その空気を察したわけではないが、料理が運ばれてきた。店主が帯同し、お祖父様に挨拶をすると、一口ずつ料理を毒見した。
「それでは、ごゆっくりとお楽しみ下さい」
そう言って、店主と給仕は部屋を出ていった。
「では頂こうか」
神への祈りを捧げ、食事が始まった。
「ここの料理は温かいまま食べることができるのですね」
クリシュが驚きながら聞いた。
「ああ。今日はレイシアに合わせた。さすがに制服ではいつも連れていくクラスの店では浮いてしまうからな。ここは法衣貴族でも入ることができる程度の店だ。もっとも今みたいな毒見はわしがオヤマーの元領主と知っているからやっただけだ。この店にとっては儂を迎えるのは負担になるギリギリだ。だから、貴族でも高位になればなるほど高い店を使わなければならない。そうなると毒見のレベルが変わる。儂みたいに元々が底辺の法衣貴族だったものには温かい料理が懐かしく感じられるのだが、高位になればなるほど、こんな温かなおいしい料理は知ることもなく過ごしているんだ。皮肉なものだな」
お祖父様は暖かなスープを懐かしそうに飲んだ。
「お前のお祖母様と行く店は、全て一流店だ。お前の口には合わんようだな」
「はい。今日お姉様と食べた、屋台の串焼きの方が僕には合っていました。お昼に食べた、お姉様の賄いは別格ですが」
お祖父様は笑いながら答えた。
「そうだな。一流店より屋台の串、それに姉の手作りか」
レイシアの賄いが、一流店のシェフと比べても引けを取らないものであるのはお祖父様は知らない。
「本当に価値があるものと、世間の価値はずれていることが多くある。それを知るのも勉強だ。王都まで来ないと見えないものもあるであろう、クリシュ」
クリシュは素直に「はい」と頷いた。
「ではレイシア。お前は夏の間領地で何をしていた?」
お祖父様は、レイシアに報告をさせた。
「私ですか? そうですね、新しい石鹸作りの開発を主にしていました」
「新しい石鹸ですか? お姉様」
「どういうことだ?」
レイシアはここにクリシュとお祖父様しかいないのを確認してから話し始めた。
「きっかけはクリシュがパン生地を頭にかぶった後、石鹸で洗ったらいつもと違い髪がつやつやさらさらになったことから始まりました」
「僕が発端ですか!」
「どういうことか教えなさい」
「料理の材料に、髪を洗うのに適した成分が入っていたみたいなのです。それから石鹸作りを学び、現在改良中なのです。とりあえず、石鹸独特の獣臭さを取り除くことには成功しましたが、まだまだ研究中なのです」
レイシアがいろいろと説明するのを、お祖父様とクリシュが聞き入る。お祖父様が質問を投げかけると、レイシアは新しい視点が出来たと喜んでいた。
「小麦粉なんですよね」
「小麦粉がどうした」
急に出た小麦粉という言葉。石鹸とどんな関係があるのかお祖父様には理解できない。
「小麦粉を少量入れると、髪の汚れがさらに快適に落ちるのまでは分かったのですが……。どうしても孤児たちには主食のパンを焼く小麦粉で石鹸を作るのが、精神的に負担みたいで。確かに量産化すると、石鹸に大量の小麦を使う事になるでしょうし、そうしたら何かあった時の食糧問題が出てきそうですし」
よいものを作りたい、という職人気質、いやマッドサイエンティスト気質と、神に頂いた食料を無駄にできない、というかもったいない精神の孤児の気質と、食糧問題に悩まされていたお父様を見て育った貴族としての育ちが、レイシアの悩みを深くしていた。
「そうだな。……それなら米ぬかを使ってみてはどうだ?」
「米ぬかですか?」
「ああ。精米を担当すると、手がつやつやになるという噂がある。もしかしたらなにか肌に良い成分があるのかもしれん。そもそも捨てるしかない米ぬかだ。最近はどうしようもないから畑にまくようにしておるが、肥料としてはそれなりに効果があることが分かってきた。なあに。もともと捨てていたものだ。石鹸に使うくらいどうということはあるまい。ターナーでも米作りを始めるのならちょうど良いのではないか?」
レイシアはその言葉を聞いて、思わず叫んでいた。
「お祖父様! その情報買いました! 金貨1枚でいかがですか!」
「ああ。それでよい」
何が行われているのか理解できないクリシュ。
「何をしているんですか、お姉様。お話に金貨1枚払うって?」
レイシアはクリシュに聞かれ、姉としてここぞとばかりに説明を始めた。
「クリシュ。新しい情報はそれだけで財産なのよ。この情報は金貨1枚の価値は十分にあるわ。きちんと契約する癖はつけるようにしないと足をすくわれるわよ」
「そうだな、クリシュ。血がつながっているとはいえ、レイシアと儂はビジネスパートナーでもある。ビジネスに関しては金銭面と契約はきちんとしていないといかん。身内だからといい加減にしていると、たとえば儂の息子がお前たちの成果をかっさらっていっても文句が言えなくなるぞ。領地の富と権利を守りたいならばなおさらだ。些細な情報のやり取りであっても、金銭と契約をきちんとする癖をつけておきなさい」
なんだかんだ言いながら、お祖父様もクリシュに学園の上級生、それも領主候補生が習うような事を詰め込み始めた。
その後、メイド喫茶2号店の話などディープな話が繰り広げられ、クリシュが知らないビジネスの世界を体感させられるのだった。
食事が終わると、クリシュはお祖父様と帰る。そのままターナーに戻るので、レイシアとは、冬まで会える機会はない。姉と弟の楽しい時間は、こうして終わりをむかえた。
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