クリシュとレイシア 黒猫甘味堂へ行く
王都平民街での市場価格調査班と化したクリシュとレイシア。ターナー領の問題点を次々と話し合いながら進んでいき、やっと喫茶黒猫甘味堂についた。
「いらっしゃい。久しぶりだね、レイシアちゃん。隣の子が弟くんかい?」
暇そうな店内でのんびりと店主が声をかけた。
「お久しぶりです」
「初めまして。クリシュ・ターナーです。いつも姉がお世話になってありがとうございます」
「初めまして。そうか、きみがレイシアちゃんの自慢の弟くんか。確かに聡明そうな感じだね」
店主はクリシュの姿勢や物腰を見ながら感心していた。
「そうだ。お昼ご飯を作りたいんだって? いま厨房にサチさんがいるから好きに使っていいよ。食材とかはあるの?」
「はい。店長の分も作りますから。楽しみにして下さいね」
「そうか。楽しみにしているよ」
「じゃあ、クリシュそこで待っていてね。店長、クリシュに紅茶とクッキーを出しますね」
そう言って、クリシュをカウンターに座らせ、紅茶とクッキーを出すと、レイシアは厨房に引っ込んだ。
紅茶を飲みながら、クリシュは店長と話をした。
「姉はこちらで働いていたのですか? 失礼ですけど、そんなに忙しそうなお店だとは思えないのですが」
クリシュは人の良さそうな店主には、初めからきちんと思っていることを言った方が良いと判断したのか、嫌味に見えないように真実をついてみた。
「はは。そうだよね。さすがレイシアちゃんの弟くんだ。いやぁ、君のお姉さんはすごいよ。やめようと思っていた店を大盛況にしたんだからね」
「暇そうですよね。姉がいなくなったからですか?」
「いや、お姉さんが流行らせた方法は、別の店で行っているよ。おかげでこのお店も暇なりに続けられているんだ」
クリシュは混乱した。お姉様が働いていたのは「黒猫甘味堂」。その名前はお姉様からから聞いていた。女の子が沢山来るお店。そしてここは「黒猫甘味堂」。客はおっさんが三人、暇を持て余しているだけの店。でもお姉様が働いていたのは、店主が認めている。お姉様も勝手知ったる感じで奥に入っていった。サチさんも当たり前のように働いている。
「さあ、出来たわよ。一緒に食べましょう」
レイシアとサチは、開いているテーブルに料理を並べ始めた。スープボールからは湯気が立ち上がり、ミルクの濃厚な匂いが店中に広がった。
「なんだ、この匂いは。俺にもくれ」
「俺にもだ!」
店内にいるおっさんたち
「こちらは
「そんなこと言うなよ、さっちゃん。こんな匂いだけかがされるのは拷問と一緒だぜ」
「そうだそうだ」
店内が騒然とする。
「どうします? レイシア様」
「そうね。シチュー一杯で黙るのなら、出した方が早いわね。たっぷり作ったし、一杯ずつなら出せるわ」
「「「おおお~!」」」
「ただし、お金は貰うわよ。そうね、5000リーフ。小銀貨五枚。技術料を入れての適正価格です。これが貴族のレストランでしたら3倍は取れます。これでも安いのですよ」
「しかし、スープ一杯で小銀貨五枚」
「お、おれは買うぞ。昨日ばくちで一山当てたんだ。いっぱいぐらいなんてことないさ。俺にくれ!」
「サチ、出してあげて」
「はい」
スープがおっさんの前に出される。それを見つめる二人のおっさん。
スプーンを手にしたおっさんは、肉の塊をスプーンに乗せて口に入れた。
「.....................................うまい!」
長い無言が、見ているおっさんたちの緊張感を高めた後、突然に叫び出した。驚いているおっさんたちをしり目に、「うまい、うまい」と叫びながら、がつがつと行儀悪くスープを食べ続けた。
「なんだこのスープは! ただの牛乳煮じゃないぞ」
「これは帝国料理の技法を使った、『シチュー』という料理です。作るのに大変多くの材料と手間がかかる料理なのです。小銀貨五枚の価値でも安いでしょう?」
「ああ。確かに。うまかったぜ」
「ふ、二人で一皿貰えるか?」
満足そうなおっさんを見ていた二人のおっさんたちは、二人で分け合って食べることにした。
「いいですよ。では一皿とスプーンが二本ですね」
サチが運ぶと、争うように食べ始めたふたりのおっさん。
「さあ、静かになりましたね。クリシュ冷めないうちに食べましょう」
「はい、お姉様」
クリシュとレイシアがお祈りをしている間に、店主は、これ以上騒ぎが起きないようにと、おっさんたちを追い出して、扉の札をOPENからCLOSEに裏返した。
◇
クリシュは食べながら、「黒猫甘味堂」が喫茶とメイド喫茶に分かれていることを説明されていた。
「お姉様が作ったのですか」
「ちがうわよ」
「いや、レイシアちゃんが作ったようなものだよ」
「そこに行ってみたいです!」
クリシュが言えば、レイシアは叶えないはずがない。
「じゃあ、デザートは向こうで食べましょう。サチも来る?」
「私はこちらで後片付けをしています。姉弟水入らずで楽しんできてください」
「そうね。じゃあ任せたわ。じゃあ店長、クリシュのお茶代……」
「いいよ。このスープだけでおつりがくるから。楽しんでおいて」
「はい!」
そうして、後片付けをサチにまかせてレイシアとクリシュは喫茶黒猫甘味堂を後にした。
「じゃあ、片付けるね」
レイシアがいなくなり、メイドモードから通常モードに戻ったサチが元気よく言った。
「ゆっくりでいいよ。今日はお店閉めたから。お茶を入れよう。レイシアちゃんが用意していたふわふわパンあるんだろう」
「あるある。じゃあ食べてしまいましょう」
「そうしようね」
店主は紅茶を入れ始めた。サチはお皿を片付け、お菓子を持ってきた。
「じゃあ、頂こうか」
「うん」
向かい合ってお茶を飲む店長とサチ。
「店長、今日は無理言ってすみませんでした」
「いいよ。レイシアちゃんの頼みならなんだって聞かないと。ここでこうしていられるのはレイシアちゃんのおかげなのだから」
店主は謝るサチに対して、優しく微笑みながら言った。
「それにしてもレイシアちゃんの弟くん、可愛かったな」
「ええ。クリシュ様は可愛いし、本当に賢いんだよ」
「そうだね。レイシアちゃんもクリシュ君もいい子たちだね」
「うん。少し頑張り過ぎるところはあるけどね」
「僕には子供がいないからね。ああいう子を見ていると羨ましくなるよ」
「へ? 店長奥さんいるの? てっきり独り身かと思ってたよ」
別に店長の過去など興味のないサチ。毎日通うのは家に奥さんがいるからだと納得した。
「ああ。正確にはいたんだ。病弱でね。四年前に亡くなったよ」
(しまった)、とサチは思った。
「いいよ。レイシアちゃんのおかげで精神的にも助けられたんだ。妻との間にあった悲しみはレイシアちゃんのおかげで昇華できたんだ。前を向いて歩く覚悟はできたよ」
「そうなんだ。よかったですね」
「ああ」
サチは変わらない笑顔の店主を見て、良かったと思った。レイシアに振り回されると、様々な事がどうでもよくなるのは体験済みだ。よく分からないけど、メイド喫茶立ち上げの時は大変だったからなぁ、と一年前の事を思い出していた。
「確かにあの時は大変だったよね」
「ほんとにね。楽しかったけど大変だったよね」
「ああ。でもそのおかげで、ここでこうして喫茶店を続けられるんだ。レイシアちゃんのおかげだよ」
そう言うと店主は、サチをじっと見つめてこう言った。
「僕は、そんな風に流されたり頼りなかったりする、以前には妻もいた男だけど、サチさん、結婚を前提に僕とお付き合いしませんか。無理にとは言いませんが、嫌いでなかったらぜひ。大切にします! お願いします」
「へっ! あたし?」
予想外の愛の告白に、素っ頓狂な声しか出せなくなったサチなのだった。
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