350話 クリシュとレイシア 商店街へ行く

 朝市もそろそろ終わり。レイシアはクリシュを商店街に連れて行った。


「貴族街とは本当に違いますね」


 クリシュの行く王都のお店は、貴族街でも高級店が並ぶエリア。雑多なお店が並ぶ市や町の商店街にクリシュは興味津々だった。


「何をそんなに見ているの?」

「値付けですね。同じものがターナーでは3~4倍もしたり、逆に安かったりしています。その傾向をかんがえているんです」


「そうね。私も、『なんでこんなに安いの!』って驚いていたわ。なんでか分かる? クリシュ」

「流通……、ですか?」


 レイシアは、クリシュの答えに頷いた。


「そうよ。正解だわ。じゃあ何がどう違うかよく考えてみて」

「ぼくが一番に驚いたのは紙の値段ですね。ターナーの半値以下、三割強くらいでした。なぜでしょうか? お姉様」


「紙は重いからよ」

「紙が重い?」


「そうよ。どうしても十数枚単位で使っていると軽く感じるけど、紙ってまとめって運ぼうとすると本当に重いものよ。馬車で運ぶには大変なの。それにどこでも必要なものだから、王国の末端のターナーまではなかなか残ってこないの。一応最低限の枚数は契約で運んでもらっているんだけど。だからどうしてもたかくなるのよね」


 レイシアはクリシュに流通コストと実体経済についての説明を始めた。


「物が少なくて欲しい人が増えれば値段が上がるわ。お姉様もね、サクランボのジャム、金貨1枚で売ったことがあるのよ」


「ジャムが金貨1枚ですか!」

「ええ。あの時は3瓶売れたから金貨3枚ね。大儲けしたわ」


 クリシュは、どういった状況でそうなったのかよくは分からなかったが、お姉様はすごいと感心していた。


「そう見ると、野菜とか食料品とかはターナー領の方が安いでしょ。新鮮なものほど高いから、いい野菜は貴族街に持って行ってしまうわ。どうしても質が悪いか、貴族街で売れ残ったものが朝市に出るのよ。それでも流通コストがかかっているから高いわよね。値引き交渉も大変なのよ」


 今では朝市で、無条件で値引きされるレイシア。損してもさっさと去ってもらった方が有難い。朝市の方々が聞いていたら「「「お前が言うな!」」」と突っ込まれていることだろう。


 やがて、商店街から職人街に入り、なじみの刃物屋に入っていった。


「親方いる?」

「おお嬢ちゃん、どうした。おや、なんだいその身なりのいい子供は」

「私の弟」

「そういや、嬢ちゃんいいとこのお嬢様だったな。なんだい、まさかそんななりで料理を作るってんじゃないだろうな」


 親方は、スーツを着ていかにも貴族の子供ですといった立ち姿のいいクリシュの全身を見回してそう言った。


「初めまして。クリフト・ターナー子爵の息子、クリシュ・ターナーです。いつも姉がお世話になっております」


 クリシュは、貴族としての挨拶を親方にした。レイシアを、てっきり法衣子爵の子だと思っていた親方は、クリシュの態度と言葉に慌てふためいた。


「おっ、だっ、とっ……、子爵様かい。嬢ちゃん、子爵様の娘さんだったのか⁈」


「あれ? 言っていませんでしたか?」

「ああ。法衣貴族で平民になると思っていたんだ」


「まあ、平民目指していますから。そんなに違いはないですよね」

「全然違うわ! っと悪い、貴族に向かっての態度じゃないな」


「いいんですよ。クリシュも、そんなに緊張させるような挨拶は下町ではダメ。気さくな挨拶にしなさい」

「はい。お姉様」


 にこにこと店主に、「気を使わせてごめんなさい」と謝ったクリシュ。レイシアも「いつもの通りに接してください」と頼んだ。


「ま、まあ、あんたらがそれでいいならそうするが……。じゃあ、嬢ちゃん。今日その子を連れて来たのは何のためだい?」

「もちろん、武器を買うためですわ」


「武器って……。うちは料理用刃物専門店なんだが……。武器屋は三軒となりだ」

「クリシュも、一通り調理仕込まれていますよ」

「こいつもサムの弟子か!」


 親方は(何やってんだ、サムの野郎は)と頭を抱えた。


「お姉様ほどではありませんが、料理も狩りの仕方も基礎は押さえています」

「……。そうかい」


 料理長サムは、レイシアの二の舞にしないとクリシュの弟子入りは断っていたのだが、押しの強さに負け、基礎だけは教える羽目になっていたのだった。


「ということで、マグロ包丁下さい」

「あるか! あんなもん!」


 親方は叫んだ。


「マグロ包丁はな、東方、和の国の技術で作られた特注品だ。手に入れるのにどれだけ苦労したか」

「親方は作れないのですか?」

「無理だな。技術が違う。何をどうやっているのか全然分からない」


「お姉様。マグロ包丁って何ですか?」


 クリシュが聞いた。レイシアはカバンからマグロ包丁を取り出し、クリシュに見せた。


「美しい……」

「そうでしょう」


 レイシアは自慢気に言った。


「この美しい波紋、二種類の金属で作られた芸術品ね。金属なのにしなやかとしか言えない不思議な切れ味。クリシュにプレゼントしたかったんだけど」


 レイシアの言葉に反応せず、マグロ包丁を見入ってしまうクリシュ。


「はあ。今ある和包丁はこれだけだ。見るか?」


 そう言うと店長は、店の奥から『出刃包丁』を出してきた。


「こいつは和の包丁シリーズでは、一番丈夫で硬いものが切れる『出刃包丁』というやつだ。背の厚さが尋常じゃないだろう。力任せに叩き切るならこいつが一番だ。今うちにある和の国の包丁はこれだけだが、どうだ?」


 レイシアは「刃渡りが短い」と不満げだったが、クリシュは重厚さと美しさに魅入られたようだった。


「お姉様。これ、身を守るのに最適ですね」

「そう? クリシュが気に入ったのならいいけど。じゃあ、頂こうかしら」

「金額聞かなくていいのかい!」

「信用しているから。いいものは高いんでしょ。大丈夫払うから」


 親方は(やっぱり貴族は違うものだな)と思いながら、包丁を売ることにした。


「剣代わりなら鞘はどうする?」

「クリシュ、いつまで居られるの?」

「王都には明後日までです。帰らないといけませんので」

「じゃあ、領で作りな。箱に入れとくから、気を付けて運びな」


 そうしてレイシアはクリシュに出刃包丁をプレゼントした。

 その後、クリシュのためにマグロ包丁を手に入れるように頼んだ。店主は、「手に入ったら教えるが、どれくらい先になるか分からんぞ。それから手付金は貰うからな」と金貨を預かって注文を受けた。


 レイシアが王都でクリシュに与えたものは、串焼きと握り飯と出刃包丁。


 相変わらず貴族らしくないレイシアだった。





※ 今日はなんとか投稿出来ました。次回はちょっとむずかしいかもです。気を長くしてお待ちください。

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