クリシュとレイシア、朝市に行く

 翌日、朝早くからオンボロ寮の前に立派な馬車が止まった。レイシアとサチが見に行くと、なかにはお祖父様とポエム、そしてパリッとしたスーツを着たクリシュがいた。


「お姉様、会いたかったです!」


 クリシュは馬車から飛び降りると、レイシアに飛びついた。

 レイシアは、「久しぶりね、クリシュ」と言って、抱きかかえた。


「朝からどうしたんだい、レイシア」


 そう言いながらカンナとイリアが表に出て来た。


「何そのカワイイ子!」

「弟のクリシュです。超絶いい子なんですよ」


 レイシアは自慢気に、イリアとカンナに紹介した。


「初めまして、クリシュ・ターナーです。いつも姉がお世話になって、ありがとうございます」


 礼儀正しい挨拶に、端正な立ち居振る舞い。それに愛らしい笑顔。カンナとイリアの第一印象を爆上げした。


「せっかく来てもらったんだけどねえ、親族でもこの寮に男性を入れることはできないんだよ。子供であってもね。そういう決まりなんだ」


 カンナが残念そうにため息を吐きながら行った。クリシュは「存じています。お姉様の親しい方に挨拶したかったので連れてきてもらったのです」と答えて、カンナとイリアの心をわしづかみにした。クリシュの人たらしは王都に来て貴族と絡むことでどんどん磨かれていったようだ。


「お姉様。僕、お姉様の暮らしている町が見たいです。貴族街は僕には居心地がどうにも合わないんですよ」


「分かる。そうよねクリシュ。私もそうよ! 分かったわ。お姉様が下町を案内してあげる! 何かしたいことがある?」


 レイシアは可愛いクリシュのお願いに即座に反応した。


「そうですね。温かいご飯が食べたいです。できればお姉様の手料理が食べたいです」

「そうよね! 貴族のご飯冷たいからね。……どうしよう、寮に入れるのなら今すぐ作ってあげられるのに」


「そいつは出来ない相談だねえ。残念だがレイシア。どこか別の所でやっとくれ」


 申し訳なさそうにカンナは言った。


「温かい料理だけならすぐにでも出せるんだけど、せっかくだから作ってあげたいのよね。でも台所と食堂があるところなんてこの寮にしかないわね。お祖父様のお家に行って作る訳にもいかないし」


 レイシアはお祖母様と合う訳にはいかない。そこにサチが口を挟んだ。


「レイシア様。喫茶黒猫甘味堂はいかがでしょうか。昨日はこちらの寮にお世話になりましたが、私も店長に帰って来た報告をして、今日からはあちらに泊まる許可を貰わなければなりません。その時に、レイシア様がまかないを作るという名目で台所を使わせてもらえるように頼んでおきます。店長ちょろいですから、レイシア様の頼みと言えば断らないでしょう」


「そう、そうね、そうしましょう! じゃあサチお願いね」

「分りました」


「クリシュ、朝ご飯は食べたの?」

「いいえ」

「じゃあ、朝市に行きましょう。屋台で焼き立ての串焼きを食べましょう。カンナさん、出かけるけどいい?」

「ああ。まだ学園も正式には始まっていないからね。泊まってこようが自由さ。まあ、帰ってこないなら連絡しておくれ。鍵閉めるからね」

「泊まるところはないから帰ってくるわ」


 そこへお祖父様が声をかけた。


「レイシア。夕ご飯は儂とクリシュと一緒に食べよう。いろいろ報告してもらいたいこともあるしな。場所は後でポエムから伝えるようにしよう。時間は、そうだな、午後の5時でどうだ」

「分りましたわ。お祖父様とお食事なら制服に着替えないと。じゃあクリシュ、お姉様は制服に着替えますから、ここで少しだけ待っていてね。すぐに来るから」


 レイシアはそう言うと、寮の中に駆けこんでいった。



 朝市は相変わらず混み合っていた。元気のいい売り子の声があちらこちらから響いている。クリシュはターナーの朝市とも、貴族街の落ち着いた街並みとも違う、下町平民の活気あふれる雑然としたパワーに圧倒されていた。


「すごいですね」

「でしょう! 活気があってすごいよね」


「あ、あんた! (悪魔の)お嬢様!」


 食料を売っているおばさんが、レイシアを見て声をあげた。


「戻って来たか(悪魔の)お嬢様」

「学園始まる時期か」

「(悪魔の)お嬢様には逆らうんじゃないぞ、新入り」


 さすがに本人の前では『悪魔の』とは言えず、『お嬢様』とは言ってはいるが、朝市でのレイシアの評判は地に落ちていた。学園が休みでほっとしていた者たちは、また来るのかとざわめいていた。


「さすがお姉様です。下町でもお嬢様と認められているのですね」


 言葉通り理解したクリシュ。売り子たちから「お嬢様」と声がかかるたび、「こんなに皆さんに知られているお姉様はすごいですね」とレイシアをほめ讃える。


 レイシアは、やらかしの結果だとはとても伝えることができず、「え、ええ、そうなの」と、愛想笑いでごまかしたのだった。



「はいよ、串焼き2本。どうしたんだい、彼氏かい、お嬢様」


 食べ物の屋台の周りでは、レイシアの悪評は薄い。屋台で値切ることはないから。レイシアは「弟なの」と答えて、握り飯の売っている屋台へと移動した。


「おお、お嬢様じゃあないか。あらまあ、いい男連れて。デートかい?」


 レイシアは「弟なんです」と言いながら、握り飯二つを注文した。


「ここで食べていってもいい?」

「ああ。そのイスを使えばいいさ」


 丸太に板を乗せただけのイスに座って、板の上に借りた木の皿を置いて握り飯と串焼きを並べた。

 お祈りを始めようとしたクリシュに、「こういう所では早飯といって、すぐに食べるのが礼儀なのよ」とレイシアは言って、串焼きにかぶりついた。


「う~ん、おいしい。クリシュも食べて!」


 戸惑いながらも串焼きを頬張ったクリシュ。


「ん、おいしいですね。熱々です!」

「そうでしょう。これは朝市の醍醐味よね。自分で作っても何か違うのよね。たまに食べるとおいしいのよ。それに握り飯。これが売れれば売れるほどお姉様はお金持ちになれるのよ」


「そうなのですか?」

「ええ。これを発明したのがお姉様ですから」


 レイシアは、握り飯を食べながら、クリシュに自慢をした。クリシュは自慢そうな姉を見て、やっぱりお姉様はすごいと改めて思った。





※ 次回の更新、遅くなると思います。(一回飛ばしくらい?) しばらく更新無くても見放さないで下さいね。

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