特許の魔力

 レイシアは、ドレスにエプロンを付けさせられた。いつもの調理人のエプロンではなく、メイドのそれでもなく、フリフリのお嬢様仕立てのエプロン。 

 クリシュはシンプルなエプロンを着け、レイシアと並んだ。


 シムは、見慣れない兄弟弟子のレイシアの姿に、戸惑いと笑いをこらえながら調理のための準備をしていた。


「ありがとうシム。もういいわ。二人にして」


 レイシアはシムを下げると、クリシュに向かって話した。


「じゃあ、ふわふわパンを作るわよ。お姉様の腕前、よく見るように」

「はい。見ていてもいいのですか?」

「もちろん。材料は秘密にするから大丈夫よ」


 一応特許を取っているふわふわパン。重曹が入っていると分からなければ再現できない。最初から小麦粉に混ぜて作れば大丈夫。そう判断したレイシアは、弟に良い所を見せようと、張り切って生地を混ぜ始めた。


「ふっふふ~ん。いい、クリシュ。生地はこうして軽~く混ぜるのよ。混ぜすぎると粘りが出て重くなるからね」


 流れるような姉の手つきを見たクリシュは、いてもたってもいられなかった。


「お姉様。僕にもやらせてもらえませんか?」

「クリシュが? そうね。混ぜるくらいならいいわ」


 レイシアがクリシュにボウルと木べらを渡した。ちなみにこの世界にはまだ泡だて器はない。泡だて器があったら、ふわふわのクリームや、卵を泡立てて料理の幅ができるのだが……。生地を混ぜるのはフォークか木べらが基本だ。スプーンを器用に使う者もいるが、当然のように箸は存在しない。


 クリシュは木べらを優しく動かした。その瞬間、ボウルが頭上に跳ね上がった。

 レイシアと比較してはいけないのだが、クリシュもそれなりに武道を身に着けている。この程度のハプニングなら半身をかわすだけで大丈夫なはずだった。しかし、なぜか体が動かず、ボウルの中身が頭にバスッっと頭に被った。


「うわぁぁぁぁぁあぁぁっぁあ」


 クリシュの悲鳴が響き渡った。突然のことに、レイシアもどうしていいか分からなくなっている。


 料理長とサチとポエムが、何事かと駆けつけた。


「嬢ちゃん、なにがあった?」


 サチとポエムが、クリシュの頭をタオルで拭き取るわきで、料理長がレイシアに聞いた。


「ああ、手伝わせたのか。特許の呪いだな」

「特許の呪い?」


「特許を取った製法は、神によって保護されているのは知っているだろう? 申請していないものが勝手に作ろうとしても、なぜか上手くできないようにコントロールされるんだ。特許の中には危険なものもあるからな。間違ったことが起きないように保護されているみたいだな。たまたま同じ製法にたどり着いても起こるから、料理人の間では『特許の呪い』と言っているのさ」


 レイシアはクリシュを見て、そして『特許の呪い』という概念を聞いて混乱していた。


「とにかく、クリシュをきれいにしないと! サチ、クリシュを温泉に! ポエムは着替えを用意して!」


「お姉様、僕なら大丈夫ですよ」

「だめよ! 何ならお風呂にお湯を入れて一緒に入りましょう!」


「何を言っているのですか、レイシア様! クリシュ様が困っていますよ!」

「あたしが温泉に連れて行くから! 落ち着いてレイ」


 レイシアの発言に、サチの言葉が荒れたのが問題にならない程、全員が焦っていた。パタパタとクリシュが連れて行かれ、テーブルも床も掃除され、あっという間にレイシアが一人ポツンと調理場に取り残された。



「クリシュ! まあ、きれいになって!」


 温泉から帰って来たクリシュの髪は、さらさらと風にたなびいていた。つやつやとした光沢は太陽の光をはじき返し、光の輪が頭上に輝いていた。


「まるで神の御使い様のようね」

「いつもと同じように温泉に入って洗っただけですよお姉様」


 クリシュ、いつものように姉が大げさに褒めているのだと思っていた。


「それより、料理の続きをしましょう。僕も手伝いたかったのですが、無理みたいですね」


 残念そうなクリシュ。


「じゃあ、ふわふわパンは私が作るから、クリシュは紅茶を入れてくれる? ふわふわパンと紅茶はセットなのよ」


 レイシアの言葉に笑顔を取り戻すクリシュ。レイシアはささっとパンを焼き、クリシュは丁寧に紅茶を入れた。


「盛り付けなら手伝っても大丈夫よね。クリシュ、ここに生クリームをかける?」

「うん」


 クリシュはそうっと液状のクリームを流しかけた。


「あとはジャムを乗せるの。それで完成ね」


 クリシュにジャムをのせさせ、ふわふわパンは完成した。


 レイシアとクリシュは食卓に移動し、サチとポエムが料理と紅茶を運んだ。

 二人は楽しく会話をしながらおやつを食べた。


 明日にはクリシュはオヤマーに旅立つ。クリシュはこのまま時間が止まってくれればと、姉との時間を愛おしく思いながら過ごした。






注)前回の『祭りが終わって』の投稿について

 昨日の投稿の際、ミスタッチのせいか文章が数行消えていたというミスが起きておりました。感想欄でご指摘を頂き早めに対応したのですが、対応以前に読まれた方が数多くおりました。誠に申し訳ございませんでした。


 おかしいなと思った方は、修正済みなので今一度確認して頂ければ幸いです。


 いつも心待ちにして頂き本当に感謝しております。

 この度は、本当に申し訳ありませんでした。

 これからもよろしくお願いいたします。


     みちのあかり

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