祭りが終わって

 お祖父様がレイシアと領内を視察している間、クリシュは祭りの準備に大忙しだった。お姉様に成長した姿を見せるため、そして二日目は丸一日、お姉様とお祭りを回れるようにトラブル防止のため。

 去年の祭りは一年目ということもあったが、あまりにもトラブルが多かった。特に冒険者。そのおかげでお姉様はいろいろ放って狩りに行ってしまった。そんなこと、今年起きたらどうなるか分かっているよね。


 クリシュは、孤児に合唱を指導し、またギルド長たちに的確な指示を行った。お姉様と二人の時間を邪魔されないように。



 ◇


 お祖父様は、祭りの準備や孤児院の様子に感銘を受けていた。特に教会と孤児院の関係は、オヤマーに今年来た神官のマックスから聞いた以上の素晴らしさであった。


「我が領でもこのような教会の在り方を行いたいのだが……。いかんせん旧来の神官や神父どもがな……」


 孤児の礼儀作法、教育、どれをとっても異常だ。しかし、見れば見るほど、知れば知るほど心惹かれる光景だった。


「帰ったらマックス神官と話し合おう」


 しかるべきタイミングがあるはずだ。教会改革をいつかはしたい。

 お祖父様は、レイシアが初めて特許を取った時の奇蹟の光景を思い出しながらつぶやいた。そういえばあの光景をマックス神官も見ていたなと思い出しながら。


 お祖父様は教会に多額の寄付を行った。そして、実在すると知っている神々に祈りを捧げた。


 他にも、隣の宿場町アマリーの経済効果や人流・物流の動きなど、執事はじめ使用人を総動員し、祭りの経済効果を調べさせた。そして評判のサクランボのジャムの販売契約を確認した。王都近くでの契約は独占契約になっている。契約相手はカミヤ商会。黒猫甘味堂の出資者だった。お祖父様はそのことに満足し、カミヤ商会はお祖父様の中での株を上げた。



 お父様は胃が痛い。どうしても苦手な義父と一緒に食事を取ったり、話し合いという腹の探り合いをしたりするのに精神を削られっぱなしだ。もともと社交から外れ、貴族らしい会話や行いするのは久しぶり。勘を取り戻すにも時間がかかりまくった。

 幸い、祭りの準備はクリシュが精力的に動いてくれている。

 さらに、なぜか朝食は孤児院で取ると義父が宣言したため、夕食を一緒にするだけで済んだのはお父様にとってはこれ以上ない良い知らせだった。


「まったく、うちの子供たちはどこまで規格外なんだか」


 レイシアだけでなく、クリシュの規格外にも気づいたお父様。


「今さら遅いですよ。でも子育てできないのに下手に介入する毒親にならなくてよかったですね」


 とメイド長から言われ、心を抉られていた。


 祭りの準備も忙しい中、お祖父様の対応に追われ心身ともに削られていくお父様だった。



 レイシアは、貴族令嬢らしいドレスと振る舞いで、領内のあちらこちらをお祖父様に案内していた。お祖父様から、「クリシュの意識をオヤマーに行くまでに変えるためだ。貴族としての意識を持たせるのだ」と言われれば仕方がない。

 お祖父様を連れて冒険者ギルドに顔を出した。去年の惨状を知っている冒険者たちが固まってしまったのは仕方がない。あのやさぐれた言葉遣いのCランク冒険者の少女がドレス姿。一応、領主の娘だと知ってはいたが、あまりの変貌ぶりに開いた口を閉じることができなかった。


 しかし、いくら貴族らしくと言われても、レイシアは朝の鍛錬はやめなかった。ましてやここはレイシアのホームグランド。厳しい師匠たちのいるターナー領。


「レイシア様。そろそろ体の使い方を調整し直しましょうか?」


 メイド長がレイシアの動きをチェックした後に言った。


「ずいぶん成長なされたようです。子供の時の感じで身軽に動けるのはそろそろ限界のようです。これから大人の女性の体に変化すると、今までの身軽さを中心にしていたレイシア様の得意分野ができなくなっていきます。重心の取り方を修正して、優雅かつ力強さをそなえた、大人のメイド術に変えていきましょう」


 メイド長は楽しそうに微笑みながら、鬼の特訓を始めた。



 祭りは成功だった。二年目ということもあり領民が祭りをイメージしやすかったこと。クリシュの計画・準備が的確だったこと。アマリーの協力体制が万全だったこと。お父様も頑張ったこと。様々な人々が良い方向に進むために頑張った。

 なにより、「楽しみ」に向けて頑張ることは、義務感や疲労を感じさせない。祭りの魅力に取りつかれたものは、自発的に動き協力してくれた。


 クリシュは丸一日お姉様を独占できて大満足。レイシアもその日は訓練も休み、クリシュをひたすらかわいがり甘やかした。あの災害からずっと忙しくしてきたレイシア。クリシュと一日中、何もせず楽しむだけの経験はその日が初めてだった。


(よいお姉様になろうとしていたのに、クリシュとの時間が取れなかったのは本末転倒だったのかもしれない)


 せっかくの夏休みなのに、すぐにクリシュと離れなければいけない近い未来を想像したが、(クリシュといる今を楽しまなきゃ)と頭を振り払い、クリシュに笑顔をかけた。



 祭りも終わり、いよいよクリシュが王都に旅立つ前日。クリシュはレイシアにお願いをした。


「お姉様。こちらに帰って来てから僕、お姉様の手料理を食べていないです。あのふわふわパンを食べたいです」


「お嬢様らしく」を意識するため厨房に立たなかったレイシア。ふわふわパンは特許のため、ここにいる中ではレイシアしか作ることができない。クリシュにとってふわふわパンはお姉様の味。


「分かったわクリシュ。お姉様が美味しいふわふわパンを作ってあげるからね」

「お姉様ありがとうございます。お姉様が作るところ、見学してもいいですか?」

「もちろんよクリシュ」


 レイシアとクリシュは手を繋いで厨房に向かった。

 

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