お祖父様と孤児院でお食事を

 翌朝、レイシアはポエムからお母様の残したドレスを着せられ、お祖父様と教会の礼拝へ向かった。格式の高い立派な馬車が教会に着くと、集まっていた人々は何事かと馬車に注目した。


 お祖父様が降り、続いてレイシアが現れると、普段のレイシアを知っている町の人々は自分たちの目を疑った。


「レイシアちゃん?」

「レイシア様?」

「クリシュ様のお姉様?」


 そう。普段は料理人の格好やメイド服、または気軽なワンピース姿や動きやすい冒険者姿のレイシア。儀式のときはそれなりのドレス姿は見せてはいたが、今はなんというか、格が違う高級なドレス。貴族の服の違いなど分からない平民でさえ、一目で分かるほどのハイクオリティな逸品。お母様が娘時代に着ていたドレスは、お祖母様が金に糸目をつけずに仕立てた最高級品。スタンダードでシンプルなデザインは、流行など足元にもおよばない気品を醸し出していた。


 そんなレイシアと町の人々を、クリシュは神父様の側で複雑な思いをしながら見ていた。大好きなお姉様が変わっていく。それは、素敵な事なのか、それとも悲しむべきことなのか。お姉様が遠くに行ってしまうような、それでもその姿に惹かれているような、何とも言い難い気持ちがグルグルと胸の中で渦巻いていた。


(僕はどうすればいい? お姉様に追いつくには? いや、追いかけているのではだめだ。それでは、いつまでたってもお姉様は先に行ってしまう)

 

 それでも朝の礼拝が始まると、神に祈りを捧げ、その後説教台に向かい祭りのための事務連絡と士気高揚の言葉をかけるのだった。


 その後、信者による「スーハー」が行われると、ドレス姿のレイシアもノリノリで行い、レイシアを不思議な目で見ていた人たちは、「「「ああ、やっぱりお嬢様だ」」」と妙な安心感を覚えたのだった。


 ◇


 お祖父様とレイシアはそのまま残って孤児院の見学をした。お祖父様がレイシアの原点である孤児院の教育に興味を持っていたからだ。


 教会を掃除する孤児たち。赤ん坊の世話をする孤児たち。料理を作る孤児たち。


 それぞれが、自分の役割を理解し楽しそうに仕事をしている。それだけではない。仕事をしながら計算クイズを出し合っている孤児たち。


「21✕47は?」

「987」

「正解!」


「56×12は?」

「672」

「正解!」


「77×68は?」

「5232?」

「残念! 5236でした」

「あ~! 7×8=56だもんね」

「凡ミスだね」

「「ははははは」」


「「二桁の掛け算……」」


 お祖父様は絶句。レイシアまで絶句した。レイシアも、二桁の掛け算は筆記で計算しているのに。


「お姉様、いつまでも同じ教育をしていると思っているのですか? 今はみんな掛け算は二桁、99×99までは暗算で計算できます。次の100の段は計算しなくても解けるので、実質10000パターンは暗算でこなせることができるようになります。もちろん僕も言えますよ」


 お祖父様もレイシアも理解が追い付いてこなかった。「「はあ?」」という声がシンクロした。


 ◇


 せっかくだからと孤児院で食事をとることに。お祖父様の執事は嫌な顔をしたが、お祖父様はお構いなし。二桁の計算を教育された孤児が作る料理が気になって仕方がなかった。


「教会での食事に毒など入れる不届き物はおらんだろう」


 そう言って毒見なしで食べると宣言すると、「せめて先に一口私が……」と執事から懇願された。


 レイシアはサチに、朝食は孤児院で食べることを伝えるように指示を出し、館に向かわせた。


 孤児たちが食卓に着くと、レイシアとお祖父様、そしてクリシュが一緒に座った。固いパンと野草のサラダが置かれている。祈りの言葉が終わると、係の孤児がスープを配り始めた。


「温かいものはより温かく食べられるように給仕の仕方を変えたんですよ」


 クリシュは姉レイシアに自慢そうに語った。


「あら、今日は内臓モツのスープ? どなたか差し入れをしてくださったの?」


 レイシアが、お嬢様言葉を崩さない様に聞いた。お嬢様言葉に内臓モツという物騒な組み合わせだが。


「ああ。去年から子供たちに冒険者の訓練をしているのです。最近ではパーティを組めば、ボアくらいなら安全に狩れる子たちも育っています。おかげで食事も良くなりました」


 レイシアは驚きしかなかった。自分がもっと出来ていたのに、孤児が出来るということが結びつかなかった。


 お祖父様は、孤児がボアを狩るという事が信じられなかった。


 執事は、内臓料理モツスープに驚愕した。旦那様になんてものをお出しするんだと内心では憤慨したが顔には出さなかった。


 クリシュの教育改革は、レイシアのやらかしよりある意味では酷いものだった。そう、レイシアが驚くくらいに。


 スープを掬い上げ匂いを嗅ぐと、「まあ、下ごしらえが完璧ないい匂いね」と言い、レイシアはスープを口にいれた。

 お祖父様も、スープに手を付けようとしたが、執事が「まずは私が」と決死の覚悟で内臓料理モツスープを一口、モツとともにスプーンですくった。


 執事の体と頭が内臓料理モツスープを拒否する。しかし、執事としての矜持プライドがその手を動かした。


「うまい!」


 思わず声が出た。温かい料理を食べなれていない執事に、野菜が溶け込んだ滋養たっぷりのスープは執事の体に優しく染み渡った。たまたま入っていた肉は、ボアの横隔膜。いわゆるサガリという、柔らかな筋肉と脂がバランスよく入った、クセのない大当たりのお肉。よく煮込まれたサガリは、ホロホロと舌で潰れる。執事の体は、内臓料理モツスープを欲していた。しかし、目の前にあるのは主人のための内臓料理モツスープ。さっきまでとは正反対の体と頭の反応を押さえつけ、震える手でスプーンを拭き上げ主人に返した。


「どうした。手が震えているようだが」


 お祖父様は執事の反応に、毒が入っているのではないかと思ってしまった。


「い、いえ。初めて食べた料理に驚いただけでございます。とてもおいしい料理でございました。オズワルド様もぜひお召し上がりください」


 お祖父様はいぶかしく思いながらも、スープを口にした。


 婿に入る前、よく食べていた素朴で温かなスープ。今は亡き父と母。めったに会うことも許されなくなった兄弟たち。貧しかったが幸せな若い頃を思い出し、涙をこぼした。


「ああ、このスープはまさに神の家のスープだ。神に祈りを。子供らに祝福を」


 静かに涙をこぼしながら内臓料理モツスープ粛々しゅくしゅくと食べるお祖父様を、どうしたらいいのか困ったように見つめる孤児たちの視線が重なる。執事は執事で、口の中の残り香を反芻はんすうしながら、うらめし、いや、羨ましそうに主人を見つめていた。

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