クリシュとお祖父様

 領主以下ターナー家一同が、気を使った夕食が終わり、翌日はレイシアがお祖父様を案内することになった。


 夜は、レイシアとクリシュがお祖父様に挨拶に行った。クリシュがこれからお世話になるため、紹介を兼ねてだ。


 クリシュから見ると、お祖父様は物語で見る、貴族そのものだった。

 クリシュは知らないが、実際は格として考えたら、ターナーもオヤマーも同じ子爵家。伝統で言えば、男爵家から成り上がったオヤマー家の方が新参者。まして、平民に限りなく近い法衣貴族が、結婚婿入りで成り上がっただけ。

 それでも、田舎領主のクリフトより、新興成り上がりのオズワルドの方が、威厳も風格も上であった。


「儂は成り上がり、成金と揶揄やゆされてきた。それこそ妻や使用人にまでな。しかし、今では儂のことを馬鹿にする者はおらん。なぜだか分かるか?」


 お祖父様は、クリシュにたずねた。


「成功したからですか?」


「それだけではだめだ。もちろん成功は必要だ。しかしそれは最低条件。一流の貴族の仲間入りをするためには、身なりを整え、立ち居振る舞いを覚え、人脈を作り、他人に貸しを作るのだ」


「大変そうですね」


「ああ。まあいきなりは無理だが……、そうだな。貴族社会では、見た目が重要だ。第一印象って分るか? 最初の印象は後々まで影響する。今日帰ってきたばかりのレイシアを見て、お前たちは驚いて固まっていただろう?」


「はい」


「たかがドレスと言葉遣いを変えただけだ。印象とはそんなものだ。だがな、姿勢や目線、そういったものが伴わないとやはりおかしく見える。高級なドレスを着ていても、着ている者がドレスに追いつかないと、成金とか悪趣味とか言われるんだ。服を着こなせるようになるには、人として中身も充実させなければならない。それに伴う立ち居振る舞いもな」


「でも、貴族の礼装って男性はさほど違いがありませんよね」


「そう見えるか。それは残念だが物を知らぬからだ。糸の種類、織り方、

生地の良し悪し、ちょっとしたデザインの違いで肌触りやシルエットまで変わる」


「はあ」


「わからぬか。そうだな、お前に分かるように言うなら……。お前は、農家に混ざってリンゴを収穫するだろう」


「リンゴですか? はい」


「素人はどれも同じようなリンゴに見えるだろう。だが、農家や商人は、色や形から味を判断し、同じ木から取れたりんごでも、選別して値段を変えるだろう? 中には売り物にならないようなものだってある」


「そうですね」


「貴族も同じだ。低く見られたらそれなりの扱いにされるし、高く見られたら扱いが変わる。自分を高く売り込むことはとても大事なのだ」


「なるほど」


「お前たちの親の悪口を言う気はないが、クリフト・ターナーはあまりにも社交にうとい。本来であれば、後添いを貰わなければいけないのに、誰も相手がいない」


「お父様はお母様を愛しているので再婚しないと言っています」


「それとこれとは別だ。貴族には側室が認められている。これは、女性の社交が領地にとって必要で大切だからだ。それに、女性からしても、領主に嫁げるのは、立場と安定を保証されるもの。よほどでない限り、なりたい者は多いし、娘を嫁がせたい領主は出てくる。よほどの場合でも、法衣貴族の娘であれば、夢物語のようなものだ。相手がいない訳がない」


「……」


「あまりにも、社交というものを理解していない結果が今のこの領の現状なのだよ。国というのは政治で動いている。政治を行うのは貴族の役割。社交は、政治を行う大切な要素だ。政治を行わず、自分の領地だけを考えているだけでは、貴族としての仕事を放棄しているようなものだ」


「……」


「儂はレイシアを高く評価している。だから、弟のお前に期待することにした。確かにターナー領は領民と領主一族が近く、田舎としては良い所かもしれん。しかし、貴族社会から離れすぎているのはだめだ。学園に入る前の人間関係は大切だ。クリシュ、ここにいるだけでは貴族としての常識が学べない。学んだ後でどうするか決めればいい。不安はあるだろうが、儂を信じてほしい」


 クリシュは、お祖父様の話に反発を覚えながらも考え込んでいた。


「お姉様はどう思いますか?」


 レイシアは、クリシュを見つめ、今までのことを思い出しながら話始めた。


「そうねクリシュ。私、お祖父様とお祖母様のいるオヤマーに行った時、すぐに帰ってきたよね。あの時は何も分かっていなかったの。だから覚悟が足りなかったのかもしれない……。学園に入って、周りがみんな勉強していなくて。本当よ。孤児のみんなが知っていることも知らないの! 二桁の掛け算間違えるのよ! テストも簡単だし、体力もないし、貴族って何って思ってしまうくらい! 私、これなら楽勝で平民になれるって思っていたんだと思う」


 レイシアは、ふぅとため息を吐いた。


「でもね、二年生で貴族のコースに入って、貴族の授業を受けたら、まるで違う世界、違う常識があったの。私の知っている世界とは違う常識、ものの見方、考え方、人間関係。……クリシュ、あなたが領主になるために、貴族の常識は必要よ。私はお祖母様が苦手だけど、お祖父様は信頼している。クリシュ、今のうちに貴族の世界を見ておくのは、あなたのためになると思うの」


 クリシュは、完璧だと思っていたお姉様が、学園で悩んでいたことを知り、内心でショックを受けていた。


「一晩考えます」とだけ伝え、その日の話し合いは終わった。

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