第三章 二年生の夏休み

お祖父様と一緒

 ガタゴトガタゴト。


 レイシアとお祖父様、そしてポエムと執事を乗せた馬車は、急ぐことなくターナー領を目指し進んでいた。後ろには使用人を乗せた馬車と荷物を載せた馬車を引き連れて。


 レイシアは、本当は休みに入った瞬間にサチと一緒に颯爽と走って帰りたかったのだが、お祖父様に止められてしまった。

 クリシュを迎え入れるにあたり、お祖父様が直々に迎えに行くこと。その際、ターナーのお祭りや孤児院を見学したいということ。さらには、レイシアに領主の娘として恥ずかしくない服装をして帰ることを提案されたのだ。


「一緒に帰るのは分かりましたが、なぜドレスを着て帰らなければいけないのでしょうか?」


 レイシアは動きやすい、冒険者の格好で動き、領に入る前に気軽なワンピース程度の服に着替えて行こうと思っていた。


「それはな。お前がもう14歳を超えたことと、貴族の授業を受けるようになったことをきちんと皆に示す事が必要だからだよ。いくら平民、お前は商人にでもなりたいのだろうが、今はまだターナー子爵家の御令嬢だ。もう子供扱いはできない。貴族子女としてのマナーと責任を果たさなければならない立場と年齢なのだよ。それに、お前は商人でも下町の商人ではなく貴族街の商人になるだろう。その時は、必要に応じてドレスを着なければならないことも多い。そのためには普段から着慣れていなければ、ドレスに着られている姿になるぞ。人前に出ない時でも自然に着こなせるようにならなければ仕事にならない」


 言われてみればその通りなのだが、移動の時くらいはと顔に出てしまうレイシアを見て、お祖父様はさらに続けた。


「今回は、クリシュを迎えに行くために行くのだ。クリシュに貴族の教育とつながりを持たせるためにだ。お前は平民になるからとおろそかにしてきたが、クリシュは領主になるのだろう? お前の姿を見て同じようにやっていたら、領主としてはまるでだめな事になってしまうぞ」


 確かにそうかも、と思ってしまうレイシア。友達いないのは自覚している。


「どうせ今までドレスなど着ずに過ごしていたんだろう? そんなお前がきちんとドレスをまとって帰ったら、クリシュも貴族としての自覚ができる事だろう。成長した姿を見せてあげなさい」


 そこまで理論武装されると、さすがに否定できる雰囲気でもなくなり、ましてやクリシュのためという言葉には頑張らねばと考えてしまったのだった。そのため、サチを先に返して、お祖父様と一緒に馬車で帰ることになったのだった。



 一方ターナー領では、レイシアが帰ってくる「お帰りなさいパーティー」を開く余裕もないくらいに、祭りの準備に追われていた。クリシュがオヤマーに行くための準備も重なり、さらにサチからもたらされたオヤマーの前領主の来訪の情報に、お父様始め使用人一同は、さらなる緊張と準備で困惑していた。

 そんな中クリシュは、「お姉様に褒められるために完璧なお祭りを開かないと!」という野望に燃え、各ギルドや役所を周り、また孤児院の子供たちと準備を重ねていた。



 サチに遅れること二日。宿場町アマリーから出発した馬車はお昼前にターナー領に着いた。屋敷の前には領主とクリシュ、その後ろに使用人たちが並び馬車を出迎えていた。


 馬車の中から執事が現れ、その後オズワルド・オヤマー前領主がゆっくりと降りた。そのまま馬車の出入り口に手を差し伸べると、昨年とはまるで違う華やかなドレスに身を包み、優雅にエスコートを受け降りてくるレイシアがいた。


 クリシュは、姉の美しさに息を飲んだ。

 お父様は、レイシアに妻アリシアの面影を感じた。


 使用人たちはレイシアの変わりように目を丸くしていた。


「お父様、クリシュ、ただいま戻りました」


 昨年まで「ただいま~!」と元気に帰って来た娘。なんなら魔物をみやげ代わりに持ってきた姉。いきなり解体を始めるお嬢様。レイシアのあまりの変わり具合に、父も弟も使用人も、あんぐりと口を開け固まってしまっていた。


「旦那様。旦那様。オズワルド様にご挨拶を」


 執事が領主であるクリフトにささやいた。あわてて挨拶を始めたが心ここにあらず。まあ、貴族の挨拶など形式ばったものなので、型通り言っていればなんとかなるもの。

 領主の言葉に我を取り戻していく使用人たち。クリシュは見たこともない姉の姿に感動とときめきを覚えた。


(やはりお姉様は素晴らしい! 強くて賢くて美しいなんて! 弟として姉に釣り合う男にならないと)


 お互いの挨拶が終わると、執事が「オズワルド・オヤマー様、お部屋にご案内いたします」と館に招き入れた。連れてきたメイドや使用人がお祖父様と一緒に移動した。


 外にはお父様とクリシュ、そしていくばくかの使用人が残っていた。


「ただいま! どうしたのみんな? 私の顔になにかついてる?」


 みんなのレイシアを見る目がいつもと違うのを感じながらも、その理由が分からない無自覚なレイシアは、小首を傾けながら聞いてみるしかなかった。

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