これからの教育とは?
翌朝、クリシュとお祖父様はオヤマーに向かった。ポエムを残して。
ポエムはレイシアの目付け役。お祖父様の命令でレイシアは日中貴族用のドレスを身に着け、貴族対応の言葉遣いや生活態度を行う事になった。レイシアが受け入れたのはクリシュのためというその一点のため。領主の後継者としてこれから生きるクリシュの隣で、平民丸出しの姉の姿があったらマイナスにしかならない。クリシュと並んで立つときは、貴族子女としての姿と嗜みを保つこと。そう言われてしまえば従うしかなかった。
まあ、それも教会の朝の礼拝から夕食の間だけ。早朝のメイド長との訓練や、夕飯後の時間は気楽な服に着替えては、館をうろうろしたり、料理の仕込みをしたりしていた。
◇
クリシュがいないため、教会の指導者問題が出てくる。孤児の教育は孤児たちで成り立つのだが、法衣貴族の子女達にはいくら出来が良くても孤児を当てるわけにはいかない。神父としては孤児を教師役に当てようが気にしないのだが、親たちはそうはいかない。
おまけに孤児の就職率が上がりさらに何にでも使えるとの評判が広まる中、一部の平民の中から、自分たちの子供より孤児の方がよい教育を受けていると不満が出てきているという現象も出ていた。しかしそんな親に「子供を学ばせてもいい」と言っても子供を連れてくる親は少ない。子供はそれなりに使える労働力だからだ。親が寄付を出し孤児院に通わせる余裕や目的意識がないのが現状。これに対しては神父も領主も困っていた。
「ということで、レイシア、君に教師役を頼みたいのだが」
教会で領主と神父がレイシアに現状説明を説明しながら教師役を頼むと、レイシアはふと以前読んだ話を思い出した。
「それ、ラノベでよく書かれている話ですね。識字率を上げるために政策を作る話は割と多いですよね」
「「そうなのか?」」
「そうですよ。『
「そうして語っている姿を見ると、学生時代のアリシアを思い出すよ」
お父様は遠い目をしながら言った。
「お母様が?」
「ああ。学生時代はよく語られたものだよ。BとかLとか薄いやつとか。よく分からなかったから適当に相槌を打っていたんだが」
「BとかLですか? なんでしょうか?」
「さあな。そういえばよく『攻めの反対は?』とかアリシアの周りの女子から聞かれたよ。攻めの反対だろ? 守りと言ったら『アリシア、まだまだね』と言われるのがセットだったのだか、あれは何だったのか」
「BとかLとか攻め守りですか? なんでしょうね?」
「分からなかった。アリシアも教えてはくれなかったからな」
悩み始めた二人の会話を止めるように、神父は話に割って入った。
「ところでレイシア。そのラノ……、ファンタジー小説にはどのように書いてあるのですか?」
教会の関係者はラノベという言葉は使わないように指導されている。教会はラノベを悪魔の書と言い快く思っていないのだ。領主候補生も、その意向を受けているため、読むことがなかった。ラノベは低俗なもの、女子供の読み物だと宣伝されていたからだ。
「そうですね。パターン化して見ましょうか」
「ありがたい。そうしてくれるか」
お父様がそう言いながら神父を見た。
「我々も読んでみた方がいいのかもしれん。レイシア、一巻で終わるまとまったラノベを貸してくれ」
「いいですよ。では、お父様にはこちら。『転生したけど貧乏領地?~領民を賢くしてスローライフ』ですね。神父様には『異世界孤児院~居心地よすぎて誰も出ていかなくなった件~」ですね。どちらも異世界の主人公がこの世界に転生して領地改革を始める話です。2時間もあれば読み切れますので明日までに読んでおいてください」
カバンからラノベを出して二人に渡した。
「では、わたしも何冊か読み返して識字教育を行う際の傾向と有効そうな例を作りますね。授業風景も見ながら、そうですね明後日までにはレポートを仕上げるので、15日の午後1時から話し合いましょうか」
そう言うと、教会の図書室に向かった。
◇◇◇
「こちらがレポートになります。お父様の分と領主様の分も書き写しましたのでご覧ください」
レイシアは孤児にレポートを書き写させていた。意味は分からなくても、丁寧に書けばいいだけなので、時間はかかったが間違いのない書写は出来ていた。
「昨年の法衣貴族の態度と今年の態度。孤児院の子供たちの基礎学習の進化。それと新しく追加された冒険者見習い過程。これらと、全く行っていない平民に向けてのやり方。それらを考えた時、立場別にパターンを変えて行うのが最適解ではないかと思いました。法衣貴族、平民、そして孤児ですね。全部教会や孤児院で一緒では無理です」
三種類に分けて考える。凄く当たり前な事だが、教会と孤児院で何とかしようとしていた神父には、現状の改革を中心に考えが固定されてしまっていたため気が付けなかった発想。同じ人間に責任が被さり、それなのに予算や人員が少ないとなかなか大胆に発想を飛ばすことができないのだ。
「まずは孤児たち。現状は最上の教育を受けていると思って大丈夫です。新課程の冒険者に対しては無理をさせなければこのままでいいと思います。問題は、その知識を生かせる職がないことと、平民の仕事に混ざり過ぎていること。ここを解消すれば何とかなるのではないでしょうか」
「確かにな。平民からの文句はそういう感じのものが多いな。平民より賢い孤児が仕事を奪うと」
「ですが、雇い主からは感謝されているのですよ」
神父は領主にそう言った。経営者からすると、知識は高いが安く使うことのできる孤児の存在はとてつもなくありがたい。
「そこで、神父様が読んだ『異世界孤児院』の解決法が有効になるかと」
「まさか! 孤児が会社を立ち上げるのか」
「考え方です。孤児が会社を立ち上げられるわけがないではないですか。社会的信用がありません。でも、神父様かお父様が立ち上げることはできますよね」
「「私らがか?」」
「ええ。すぐにという訳ではありません。最初は小規模でいいのです。なるべく
「他の本を進めようとするな、レイシア。話が脱線する」
アリシアで慣れているのか、今日のお父様はキレがよい。
「コホン。えー、どんなものにするかは考えなければいけませんが、出資者は募ろうかと思います」
「いるのか? そんな人物」
「はい。まずはお祖父様。計画次第では大丈夫でしょう。あとは私が関係しているメイド喫茶黒猫甘味堂の関係者にも話をしてみましょう。ここでメイド喫茶を開くのは……無理ね。平均収入が低すぎるわ」
レイシアがぶつぶつ考えながら話し出した。お父様が突っ込む。
「はっ? 失礼しました。そうですね、まずは米の精米をしてみたらいかがでしょうか?」
「米の精米? ですか?」
「はい。精米はオヤマーの持つ特許技術。特許が切れたと言ってもほぼ独占状態です。ゆえにこちらまで米が回ってこないのです。そこに参入させてもらえばオヤマー、お祖父様とのつながりが深くなり、出資の糸口になるのではないでしょうか? 他の平民の仕事にも迷惑かけることがありませんし」
次から次に湧き出すレイシアのアイデア。側に着いていた執事は、書き写すのに必死だった。領主としてお父様は理解しようと必死になり、神父はラノベの奥の深さに今まで読まなかったことを後悔していた。
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