閑話 法衣子女、初めてのお茶会①

 ガタゴト ガタゴト ガタゴト ガタゴト


 レイシア様が仕立てられた馬車に揺られながら、私たちは学園から大通りを進む。本来のお茶会はそれぞれが馬車を仕立てホストの家まで行かなければいけないのだけど。レイシア様は「分かりにくい場所ですので、学園に集合しましょう。私が馬車を用意しますので」と、私たちを気遣って言ってくれた。馬車なんか私達には高くてどうしようと思っていたから。


 そう。私達は全員お茶会に行くのは初めてなの。誰一人呼ばれたことがないのだからどうしていいのかよく分かっていないのよ。お茶会自体は授業で練習しているのを見学しているから分からなくもないと思っているんだけど、お家への行き方なんて聞いてないから! レイシア様の気遣いにほっとしていました。


 余所行きのドレス着るのだって一苦労なのです。法衣貴族中心の女子寮で、メイドコースの子に頼み込んで着せてもらったんだから。よそ行きのドレスは一人じゃ着られないから。

 メイドコースのメイルが調子に乗って髪をアップにしたり、薄くだけどメイクをし始めました。手土産も持って行かなくちゃいけないから、かなりの散財ですわ。これでつまらなかったらどうしましょう。お茶会初めてですし。主催者がレイシア様だし……。


 レイシア様はいろいろ変わった方なのです。2年生なのに1年生の授業に出ているし、奨学生?だし。なにかよく分からないけど、お金が無くて授業料を払っていないらしいのです。そのためか、高位貴族の中で浮いているのです。今回のお茶会も高位貴族の出席はなし。法衣貴族の中でも「出ない方がいいわよ」という人たちが大半でした。それでも私が参加に踏み切ったのは、一度でもいいからお茶会を体験したいという小さい頃からの憧れと、お茶会のスペシャルゲストが、なんと、あの、『無欲の聖女と無自覚な王子』の作者イリア・ノベライツ様だったから! 学園の最上級生じゃないかと噂されているけど、誰も知らない覆面作家のイリア・ノベライツ様! 去年出した『制服王子と制服女子~淡い初恋の一幕~』はとても良かったのですよ。あの本でファンになったのです。そのイリア・ノベライツ様がサインをして下さる! これは何としてでも行かないといけませんよね! と前のめりでお茶会の出席を申し込んだのです。私達を入れて15人が参加します。みんなお茶会初めての子たちてすわ。まあね、お茶会呼ばれるような子は、わざわざ来ないわよね。


 みんな緊張しているのか、馬車の中は静かです。ガタゴトと車輪の音と、カツコツという馬のひずめの音だけが響いている不安だらけの馬車の中です。


「あれ、どこに行くの? ここから先平民街よね」


 隣の子が小声で私に聞いてきました。平民街へは一度門で止まってチェックを受けるのでしょうか? 御者は慣れた調子で門番と話しすぐに馬車を出しました。


 馬車の中がざわつきます。誰かが御者に「ここ、平民街ですよね」と聞きました。


「ご安心を。まもなく着きますから」


 まもなく着くと言っても平民街ですよね。初めて来るけど大丈夫なのでしょうか? どうしてこんな所に? 不安でいっぱいになりながらも私たちはどうすることも出来なかったのです。


 ごちゃごちゃとした街並みを抜けて一軒のお店の前で馬車が止まりました。お店の前にはカラフルなメイド服を着た少女たちが整列しています。そこの中心にはレイシア様がいました。


「ようこそ私のお茶会へ。さあ、お入りください。みなさん、お客様をご案内して」


「「「はい」」」


 私たちは一人ひとりにメイドがついて、馬車から問題なく降りられるようにエスコートをしてくれました。え? お茶会って2〜3人メイドがいれば十分なのじゃなかったっけ?


「ええ。そのつもりでしたが、皆さんやる気が強すぎて断れなかったのです」


 レイシア様が困ったようにつぶやいた。


 中に入ると音楽が聞こえます。弦楽三重奏のゆったりとしたメロディが心地よく奏でられていました。楽団ですか! お茶会ですよね!


 席に座るとお茶とクッキーが配られました。全員にいきわたったタイミングで、レイシア様が正面に立ち音楽を止めるよう手を振りました。


「ようこそ。私のお茶会へ。私も初めてのお茶会なので至らない所があるかもしれませんが、今日は楽しんで頂ければ幸いです。いろいろと用意いたしましたので、ごゆっくりおくつろぎください。では、皆様の幸せを願ってお茶会を始めます」


 軽快な、ファンファーレ代わりの音楽が流れました。レイシア様は挨拶のため席を回り始めたみたいです。


「さあ、お茶が冷める前にお口づけを。おかわりとメインのお菓子は後ほどお出し致しますのでお楽しみに」


 わたしは、クッキーを一つ摘み口に入れました。


「おいしい」


 あちらこちらで「おいしい」の声があがります。ほんのりとした甘さのクッキーなんて初めて。それにサクサクしている。なにこの口当たり。甘くないのに濃厚なバターの味が何とも言えずにおいしい。そしてこのジャムは何? 食べたことがない味。


「ジャムですか? それはターナー領の名物、サクランボのジャムです」

「サクランボですって!」


 どうしたんだろう? 向こうで大声をだした子がいました。


「サクランボのジャムって……。もしかしてお兄様が言っていたわ。去年商人コースで一瓶金貨1枚で売られたサクランボのジャム⁉」

「ええ。そんなこともありましたわね」


「……もしかしてレイシア様って、やさぐ」

「その名前はやめましょうね」


 レイシア様がにっこりと……にらんだ? コクコクと首を振り黙り込んだみたい。

 でも、金貨1枚って……そんな高級品なの、このジャム。


「なにかお値段で緊張している方がいるみたいですが心配しないで下さいね。私の出身領の特産品で、今年の試作品ですから。売り物ではないので値段は気にしなくて大丈夫ですよ」


 大丈夫じゃないですわ! お金がないんじゃなかったのですか? それとも高位貴族って私達と金銭感覚が違うのでしょうか?


「残されたら捨てなくてはいけません。せっかくですから全て食べて下さいね」


 そう言われてしまえば食べざるを得ないです。というか食べたい。食べる! まあ落ち着こう。紅茶を一口……。おいしい! 紅茶ってこんなにおいしいの!

 クッキーと紅茶を交互に口にしていたら、レイシア様が私たちのテーブルに来た。


「ようこそいらっしゃいませ、サーヤ様、シリア様、セーヌ様」

「名前、覚えていて下さっているのですか?」

「当たり前です。お茶会ですから」


 ニコニコと笑顔で応えるレイシア様。私達は手土産をレイシア様に差しだし、レイシア様はお礼を言いながら受け取るとメイドに正面のテーブルに運ばせた。


「レイシア様。ここはレイシア様のお住まいなのですか?」


 私は思い切って聞いてみた。


「ここですか? ここは普段は喫茶店なのですよ。メイさん」

「はいレイシア様、お呼びでしょうか」


 音もなくメイドが現れた!


「こちらがこのお店の店長のメイさんです。説明してあげて」


 メイドがにこやかに私を見てお辞儀をしました。


「初めましてお嬢様。このお店は女性のためのくつろぎのお店、メイド喫茶黒猫甘味堂です。従業員は全てメイドとして、お客様のお嬢様方に尽くすという夢のような喫茶店です。衣装、料理、お店の内装、全てレイシア様の監修のもと作られたお店です。我々はレイシア様を神と崇め」

「もういいわメイさん。落ち着こうか」

「これからがいい所ですのに」


 ブツブツ言いながらメイさんが下がっていきました。


「一年生の時に小さな喫茶店でアルバイトをしていたら、いつの間にかこんな大きなお店になったの」


 アルバイト! 何しているのですかレイシア様。それに「こんな大きくなっちゃったっての」って何ですの? 高位貴族ってみんなこうなのでしょうか? 気がつくとレイシア様は他のテーブルに移っていました。

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