閑話 法衣子女、初めてのお茶会②

 レイシア様はテーブルを周りながら会話を引き出していった。おかげで普段は話す事もない方々と仲良くなることができたわ。このお茶会に来ているほとんどの人は読書好き。そう、ゲストにつられて参加した人が大半だから。話は自然に好きな小説や作家様のお話になりました。


「ねえ、学園には選ばれた方しか入れない秘密の読書サークル『貴婦人の集い』というものがあるそうよ」

「貴婦人の集いですか?」

「そうらしいわ。きっと高位のお嬢様の集まりなのでしょうね」


 同じテーブルに座った子たちとそんな話をしていたら、メイドが新しいお茶を持ってきました。今度のお茶うけはドライフルーツ?


「濃いめに入れたお茶にたっぷりと温めたミルクを注いだミルクティーです。お好みでお砂糖をどうぞ」


 ミルクティーを一口飲んだの。濃厚なミルクの味と香り立つ紅茶がお互いを引き立て合わせている。勧められるまま砂糖を一匙入れてかき回した。


 これ、そのままでお菓子じゃないの! そう声をあげたくなるほどのおいしさ。こんな紅茶を飲んだら、甘いだけのお菓子なんて食べられなくなっちゃう。ドライフルーツを口に入れると、独特の酸味が口の中を爽やかに引き締められました。そしてまた紅茶を飲むと、口に広がったブドウの香りがミルクティーの新たな魅力を引き出したのです。


 誰一人声を出さすにミルクティーを飲んでいます。声を出さないんじゃないの。出せないんだわ。静かに、しかしあっという間に紅茶がなくなりました。


「それでは、ここでゲストをお呼びいたします。イリア・ノベライツ様こちらへ」


 レイシア様が声をかけると、メイドにエスコートされた美しい女性が入ってきました。この方がイリア・ノベライツ様? シンプルなドレスが知的な大人の雰囲気を醸し出しています。素敵! 


「ごきげんよう。イリア・ノベライツです」


 特徴的な声で挨拶をすると来賓用のイスに座られました。


「イリア・ノベライツ様は無口な方なのです。今日は私のために特別に来ていただけましたが、普段はこういった席には出てこない、内向的な性格の方なの。その分作品はとても冗舌になるのですね。今日はみなさまがお持ちになった本にサインをして下さいます。本をお持ちでない方のために、こちらで物販もしています。幻のデビュー作忘れたい黒歴史や、発行部数が少ない貴重な人気が無くて売れ残っている本もございます」


 なんですって! 即売会までおこなわれるの! 地方では中々回ってこないイリア様の貴重本が! お金いくら持っているかな? お茶会の準備で大分使ったから……。でも、本は買えるときに買わないと! 二度と出会えないわ!


 私は急いで販売コーナーに行ってはどこまで買えるかお財布と相談しながら本を選びました。あ、あの子全部買っている! うらめし……いえ、うらやましいですね。なけなしのお金を全部つぎ込んで2冊買うとサイン会の行列に並びました。


 イリア様はサインをしては、一人ひとりと握手をしていました。


「ファンです! うれしい!」

「ありがとう」


「無欲の聖女と無自覚な王子、最高でした」

「ありがとう」


「わたしも先生のような作家を目指しているんです!」

「がんばってね」


「嬉しいです! もう手は洗いません」

「いや、洗おうよ」


 イリア様は握手と共に優しく声をかけていました。大人の振る舞いなのでしょうか。ステキすぎます!


 私の番がやってきました。ドキドキしながら買ったばかりの本と持ってきた本5冊を差しだしました。


 スラスラとサインをしてくれてイリア様は手が差しだされました。え? 私が握手してもいいの? 本当に? おずおずと手を差しだすと優しく握ってくれます。


「あの……ずっとファンです!」

「ありがとう」


 キャー! 生声! 生握手! 頭の中がふわふわしているよ。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫れす。好きです!」

「ふふ。ありがとう」


 私はメイドに連れられて席まで戻っりました。握手会も終わり、イリア様は笑顔で手を振りながら去っていってしまわれました。


 どこのテーブルも、イリア様の素晴らしさについて話が盛り上がっていました。授業が一緒と言ってもあまり接点のなかった者同士が、イリア様と読書好きの縁でつながっていったの。


 いつの間にかテーブルの上には新しいお菓子と紅茶が置かれていました。レイシア様が全員に語ったの。


「お楽しみの皆様に、最後のお菓子と茶を配らせて頂きました。メイド喫茶黒猫甘味堂の看板商品、『ふわふわハニーバター、生クリーム添えセット』です。珍しいお菓子ですがフォークとナイフでお召し上がりください」


 フォークを当てるとフニャっと沈みながら突き刺さるではないですか。なにこれ? お菓子って硬いものじゃないの? すっとお菓子にナイフを入れると抵抗なく切れていくのです。蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がります。柔らかな生地はふわふわとした口当たりと、ハチミツを吸ってしっとりとした口当たりの二つの食感。なにこれ! おいしすぎる! 生クリームをつけてもう一口。砂糖の甘さとクリームの濃厚さが蜂蜜の香りを抑え口の中を軽くします。バターの塩気が心地良い。高位貴族のお菓子ってこんなに凄いの!


「こちらのお菓子はこのお店で出されているものです。平民の食べ物ですがお口に合いますでしょうか」


 平民のお菓子ですって?! おかしくない? 私がたまに食べられるお菓子より平民のお菓子のほうがおいしいなんて!


「紅茶とセットで2000リーフになります」


 えっ? 2000リーフ? 紅茶とセットで小銀貨2枚なの? 嘘でしょ! そんなに安く売っているの?


「このお菓子、テイクアウトはできますか?」


 端のテーブルに坐っている子が大きな声で聞いたの。


「申し訳ございません。こちらはこの女の子の夢のお店黒猫甘味堂で、温かいまま食べていただくために、オーナーとレイシア様が研究に研究を重ねて作られた逸品。特別感を味わっていただくため、お持ち帰りはご遠慮してもらっております」


 店長さんがていねいにお断りをした。……ってレイシア様、このお菓子レイシア様が発明したのですか?!


「レイシア様、お時間です」


「あら、もうそんな時間? 皆さま、楽しい時間は早く過ぎるものですね。暗くなる前に皆さまを学園まで送り届けるために、今日のお茶会はここまでにしたいと思います。いかがでしょうか。楽しんでいただけましたか?


 会場から拍手が巻き起こりました。いつまでも続く拍手を、レイシア様は手を上げて止め信じられないことをおっしゃったの。


「お土産にクッキーを用意いたしました。さすがにジャムはつけられませんが、シンプルなクッキーもおいしいですよ」


 メイドさんからクッキーの入った袋を手渡されました。


「20枚入りですので、お友達やご家族と一緒に召し上がって下さいね」


 20枚も入っているの! いくらするのですか! だめ、友達になんか上げられない。だって最初に出たクッキーでしょう。おいしいに決まっている!



 帰りの馬車の中は来るときとは違い、みんな興奮しながら話しまくっていました。


「ねえ、貴婦人の集いを真似してここにいるみんなで新しい読書サークルを作らない?」


「いいわね」

「すてき」

「そうしましょう」


 馬車の中でサークルを作ることが決定した。学園についたら他の馬車に乗っている子達にも誘いをかけよう。


 本当にお茶会に来てよかったです。こんなに本好きな方たちと巡り合え友達になれたし、夢のような空間でおいしお菓子も頂けたし。イリア様は美しくて素敵でしたし。


 またお茶会開いてくださいませんか、レイシア様。

 私は心の中でレイシア様を拝みました。



 寮に帰ると手伝ってくれた子達が押し寄せて話を聞きに来ました。もちろん来てくれないとドレスも脱ぐことができないからありがたいんだけど……。


 素適なお店、おいしいお菓子、そんな話をしていた時、メイルがクッキーを見つけてしまいました。


「これがそのクッキー? 1枚ちょうだい!」


 止める間もなくクッキーを頬張ったメイルは「なにこれ、おいしー」と、大声を出したのよ。


「わたしも」

「わたしももらうね」

「1枚ちょうだい!」


 やめてー、私のクッキーが……。


「こんなおいしいクッキー食べてきたの!」

「わたしも行けばよかった〜」


 ああ、私のクッキー。


「これお土産でしょ。あなたはもっとおいしいお菓子食べたんだよね」


 はいそうですね。でも、全部食べなくても……。



 レイシア様、女性社交界のルールでは法衣貴族は軽々しく高位貴族に話しかけてはいけないこと知っていますよね。この講義に出ている者同士には、学生であっても終了する二年間そのルールが適用されますの。


 もしお声をかけて頂ければ、読書サークル「子猫たちのおやつ」にお誘いできるのですが。


 それから、私達だけで平民街にある黒猫甘味堂にはたどり着くことはできませんでした。平民街に行くには勇気が足りないのです。場所もあやふやにしか覚えていないのです。


 レイシア様、お願いです。またお茶会を開いて下さい! 私達は他のお菓子では満足できない体になってしまったのですよ!


 責任取って下さいませ〜!

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