休日のレイシア③

「その後、教会でお祖父様と会いました」

「オヤマーの元領主とお会いしたのですね」


 教師はやっと自分の知っている常識的な貴族が出て来たことに、ほっと胸をなでおろした。


「はい。お祖父様と神官様と私で、これからの事について話し合いを行いました」


「あなたと、元領主と神官で? 何の話をしていたのですか?」


「教会の在り方とか、孤児院の未来についてです」

「はあ? なぜあなたが? あなたとあなたのお祖父様が孤児院の未来を語るのですか?」


 孤児院。それは貴族にとって関わることのない存在。無関心の最高峰。存在自体目にも入らぬところ。


「おじいさま、ターナー領の孤児院を見て素晴らしいと思ってくださったみたいなんですよ。でも、教会の方針に異義を唱えるのは問題があるみたいでしたので。詳細は語れませんけど、まずは食事の改善から始めようかと。ゆくゆくは心の栄養も取れるようにしたいと思っております」


「何を言っているの、レイシア・ターナー。貴族が孤児院の事に関わってどうするのですか? 貴族令嬢はもっと美しいものを見なくてはいけませんよ」


「私は、お祖父様のお手伝いをしているだけですわ」


 レイシアの返しにとまどう女教師。


「そ、そうですね」

「そこからお祖父様と一緒にお出かけしました」

「教会はもういいのね。どこへ向かったのかしら? お買い物? お食事かしら」


 ほっとする教師に無邪気に追い打ちをかけるレイシア。


「米酒工場の中にある『食品開発部』です」

「はい?」


「4年前は食品開発室でしたが、握り飯の大ヒットによって『部』にまで成長したみたいです」

「はあ?」


「久しぶりに入りましたが、皆さん私の事覚えていて下さっていました。中に入ったら皆様立ち上がって『『『お帰りなさいませ、レイシア名誉開発顧問!』』』と大声で挨拶されまして……」

「はあ」


「挨拶した職員さんと、私を知らない職員さんとの温度差が大きくて。それでも、『あれが伝説のレイシア様』とざわざわとした声が広がっていき、最後は満場の拍手で迎え入れて頂けました」

「……」


「『新作です。試してください』と握り飯を並べられたので、試食しました。改善点を上げながら改良を繰り返し、商品化に値するクオリティは担保出来たと思います。私もいくつか新しい握り飯を思いついたので新作を作ってみたのですよ」


「……なにを、言っているのかしら?」


「新作の握り飯です。握り飯ご存じありませんか?」

「握り飯は存じておりますが、所詮庶民の食べ物ですわね。まあ、ランチでたまに食しますが。フォークとナイフで食するものでなければ貴族の食事にはなりませんね」


「先生、今なんておっしゃいました? フォークとナイフ? そうか、フォークとナイフで食べられるようにすれば貴族にも受け入れられるのですね」


「え? ええ、味は悪くありませんね」


「ありがとうございます。私考えが及んでいませんでした! そうか、盛り付けを考えれば……、ソース! クリーミーなソースをお皿に敷いたら? そうなると握り飯の具材は……、いや、いっそ揚げたにぎりめしで」


「レイシアさん! レイシアさん!」

「あ、はい」

「今は私と話をしている時間ですよ」


 新しいレシピに集中しているレイシアを教師がたしなめた。


「まったく。お話を伺っていても、全然貴族らしいことはなさっておりませんね。はぁ」

「申し訳ありません」

「それで? お祖父様とはお食事は? 買い物とかはなさったのですか?」


「ランチは開発部の試食でいいだろうということで終わりました。ディナーは遅くなるといけないので断りました。買い物はしていませんね。残った時間で喫茶店の出店構想を話し合ったりしていましたね。そうですね、ビジネスの話ばかりしていたかもしれません。それから王都の寮に帰って、食事の準備とお風呂の支度、食事が終わったら後片付け。入浴してから勉強をして10時にベッドに入りました」


「は? 食事の準備とお風呂の支度? 後片付け? メイドはどうしたのです?」

「貧乏寮にメイドは泊まれないですから。自分で支度しないといけないのですよ」


 教師は頭を抱えた。もう何回目だろう。


「では、日曜日の報告を」

「もういいです! どうせ貴族としての行動はしていないのでしょう!」

「まあ、そうかも」

「まったく! いいですか、三週間以内にお茶会を開きなさい! 相手は法衣貴族でも構いません。あなたに法衣以外の貴族を呼ぶつながりがないのはよく分かりました。しかし、一遍もお茶会を開かずに貴族コースを修了させることなど出来ません。形だけでもいいです。5人以上お客様を招待したお茶会を開くこと。これは命令です!」


「先生」

「何でしょう」

「私の住んでいる寮は平民街にあるのですが」


「……そうなのですか?」

「はい」


「それと、私のメイドは一人しかいないのですが大丈夫でしょうか?」


「……あなたのお祖父様から場所を借りるなり、メイドを借りるなり、何とかしなさい。貴族として出席者を満足させるお茶会、それができれば十分です」


 レイシアにとって、ハードルの高い注文がきた。


「では話はこれまでです。早々に支度をするように」


 教師はレイシアに退室を促した。レイシアが帰りバタンとドアが閉まると教師は机に突っ伏しため息を吐いた。


「話が半分も理解できませんでしたわ。頭がよいのは分かりましたが、貴族としてどう成長させればいいのかしら。だから貴族コースに入れるのは反対だったのよ。商人の方が向いているわ、絶対」


 人には向き不向きがあるのにと思いながらも、これではいけないと姿勢を正した。

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