本戦

「勝者アルフレッド。この結果には誰も文句はないですね」


 暗闇は騎士たちに向かって聞いた。誰も否定などしない。素晴らしい試合に水を差すものはいなかった。王子を讃える歓声があちらこちらから沸き上がった。


「では、三戦すべて終わりました。私としましてはレイシア側が三勝だと思いますが、まあ最低でも二勝は確実になりました。では、条件が整いましたので、これからレイシア・ターナーとパワハーラ・ダメックの決闘を行いましょう」


 にこやかな笑顔でパワハーラを睨む暗闇。個人的な恨みが目一杯入っている。


「ま、待て。本当に二勝したのか! 王子は立会人じゃないのか? 王子の三戦目は無効だ!」

「いえ、アルフレッド王子は証言者であり立会人ではありません。そして自主的に参加されました。問題は何もありません。そうですね。対戦者のガーンさん。あなたが認めないというのでしたら考慮いたしますがいかがでしょう」


「無効と言え2の1」

「俺は、王子と真剣に戦い敗北した。この神聖な戦いに異義を申し立てる気はない!」

「貴様ぁ!」


「聞いての通りです。これ以上不服を申されてもここにいる騎士たちが証言してくれることでしょう。ましてや王子が認めているのです。約束通り試合を行うか、決闘を投げ出した恥じ者として汚名を一生背負うのか、どちらにするのか決断して頂きましょうか。もちろん逃げたら今の立場など無くなるのはお分かりの事だと思いますがね」


 暗闇のいやらしい言い回しに、怒りを覚えるパワハーラ。


「支度をする。試合は30分後だ。それでいいな」


 そう怒鳴って一方的に時間を決めると返事もまたずに歩き去った。



「それにしても、メイドに負ける騎士というのは大丈夫なのか?」


 王子は暗闇に聞いた。


「近衛兵とかは騎士団から選別され結成された者たちだろう? それがこの体たらくでは安心して警備を任せられないではないか」

「まさかこれ程とは思っても見なかったですね」


 暗闇は淡々と答えた。


「いや、この二人が異常なのでは?」

 第二師団筆頭のガーンが答えた。王子が話を聞きたいと呼びつけたのだ。


「確かにこの二人は群を抜いた強さだが、これが実際のパーティー会場でどちらかが貴賓や王族を暗殺しようとしたら、警備の兵で守ることが出来るのか? メイドの衣装を着てパーティー会場にもぐりこまれたとしたら」


 王子とガーンは黙り込んだ。


「まあ、レイシアの担当のクラスで、レイシア対一年生全員の模擬戦をしたときから危惧してはいたのですが、騎士相手にこれ程とは」

「そんな面白いことをしているのか! 俺も混ざりたいぞ!」


 王子が興味を示したが、暗闇は断った。


「レイシアの貴族コースの時アルフレッド様に補助員を頼んでいます。

 そんな話し合いをしていたら、やっとパワハーラがやってきた。


「待たせたな。では試合を始めようか」


 パワハーラは全身をおおうピカピカに光ったプレートアーマーを身に着けていた。


「俺様の武器は投げナイフ。勝った時は、息子との試合の無効と……そうだな、そこのメイド二人を貰おうか」


 鎧越しにくぐもった声が会場に響く。何ともいやらしい声だ。


「決闘の条件は一つにして下さい」


 立会人の暗闇が淡々と告げた。


「ちっ! ではメイド二人を寄こせ!」


「「「えっっっっ」」」


 会場がどよめく!


「パパ! 僕の名誉は! 僕のための試合だよね」

「ええい、五月蠅うるさい! お前の将来より、そこのメイドの方が何千倍も価値がある! 美しさと強さを兼ね備えたメイドなんかいくら金を積んでも手に入らない! この二人を手に入れたら護衛と愛人として……グフフフフ」


 いやらしい笑い声が金属の鎧に反響しながら響く。顔が見えないのが唯一の救い。


「最低だな」

「最低ね」


 サチとポエムに殺気がみなぎる。


「ほら、早く武器と条件を宣言しろ!」


 もはや勝った気でいるパワハーラ。レイシアは王子に聞いた。


「条件は何? さっき約束したでしょ」

「ああ。俺も大概頭に来ている。条件は……」


 王子はレイシアに告げた。


「それでいいの?」

「ああ。お願いするよ」


「私からの条件は一つ。一月後、王子アルフレッドに一日人事部長として人事部の全権を任すこと。以上」


「一日人事部長? 何をする気だ、一日で? 王子の人気取りのアピールか? いいだろう。どうせ俺が勝つんだ」


「条件成立。レイシア、武器は?」

「あれだけ鎧を着ていたら、刃物は無駄よね。じゃあ、これでいいか」


 レイシアはカバンから、巨大な金属製のバールのようなものを取り出した。


「「「何それ!!!???」」」


「レイシア? それは?」

「ミートハンマーです。肉をミンチにする時に使う料理人の必須アイテム。これは特注品で大量にミンチを作るためのものですが、ボアくらいの獲物でしたら一撃で倒す事の出来る優れものです。


 鈍く光る先頭に付いた四角いつちの片側は大きな四角錐しかくすいのトゲトゲ、反対側には細かいトゲトゲがびっちりと並んでいた。


 レイシアは、重そうなミートハンマーを両手で持ち上げ中央に立つと、斜め右から振り上げれるように地面にハンマーをつけ構えた。


 パワハーラは距離を取りたいのか、闘技場の端まで引いた。


「では試合開始だ。名乗れ」

「二つ名、『邪道のパワハーラ』どんな手だろうが使った者の勝ちだ。ワハハハハ」


 会場全体がパワハーラの二つ名にあきれと絶望感を感じた。

 レイシアは「また二つ名言わないといけないの?」とため息をつきながら名乗った。


「二つ名は、『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神』」


 どっちもどっちな二つ名勝負に勝者はいなかった。そう、どちらも敗者。おかしくなってしまった会場の空気を一身に背負い、暗闇がコインを投げた。


 「コツン」


 コインが床に当たったその瞬間、パワハーラはナイフを投げた。


「「あっ!」」


 何かに気付いたサチとポエムがトレイを持って飛び上がる。


  「「カツン」」


 トレイにナイフが当たり乾いた音を鳴らした。即座に円形のトレイを投げる二人のメイド。トレイは円形の軌道を取り木の上にいた二人の刺客のノドを打ち抜き地面に落とすと二人の手元に帰って来た。


「オヤマー式メイド術」

「ターナー式メイド術」


「「盤投」」


 二人の声が合わさる。二人は背中合わせで戻ってきたトレイを事もなげにつかんだ。


 黒いメイド服のサチ。

 白いエプロンを風になびかせるポエム。


 黒と白。相反する色彩のメイド服に身を包み戦うクールビューティー。そう、ふたりはプリキュ……、いや、プリティでキュートな二人のメイドに男どもは目を奪われた。


「反則ですわね」

「反則だよな」


 パワハーラは、自分では勝てないと思い、陰からナイフを投げさせレイシアに血を流させようとたくらんでいたのだ。もちろん、パワハーラの投げたナイフなどレイシアに届く訳もない。


「パワハーラ、反……」

「このまま続けましょう!」


 レイシアが暗闇の言葉をさえぎった。


「もう、邪魔は入らないみたいですし、


 レイシアはにこやかな笑顔で殺気を振りまいた。


「ま、まけ……」


 パワハーラが負けを宣言する前にハンマーが下から上に振りあがり、「グシャァ」と鎧を潰した。


「ぐひゃ―――」


 喚き声を上げながら吹き飛ぶパワハーラ。


「瞬歩」


 鎧が地面につく寸前、レイシアが進行方向反対まで移動した。落ちてくる鎧をハンマーで逆方向に打ち上げた。

 ひしゃげた鎧ごと空を舞うパワハーラ。負けを宣言したいが叫び声しか上げられない。


 打っては飛ばし、飛ばしては叩く。負けを宣言できず、血も流せないパワハーラに負けが宣言されたのは5分後。レイシアが一息ついた隙に暗闇が勝利宣言をした。レイシアは「まだまだやれるのに」と不満そう。


 短い? まさか! たった5分ではない。地獄の5分間だ。レイシアとメイドたちの本気の殺気を浴びながら見せつけられる残虐シーン。それが5分も続けば騎士たちの心など折れまくるしかなかった。



 意識を失ったパワハーラを鎧から出そうとしたが、鎧の変形具合がひどすぎて、鎧から出すだけで半日かかったのは、また別の話。


 第2師団全員の心を折った代理決闘は、こうして幕を閉じた。

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