代理決闘(三回戦)
何事もなかったように去ったポエムと、残されたダダンを見て騎士たちはあまりの実力差に呆然とするしかなかった。ダダンは、性格こそあれだが実力は本物。問題は多いので第2師団のトップに成れないのだが、戦力としては第一師団の中堅にいてもおかしくない人物だった。
「それにしても、メイドに負ける騎士というのはどうなんだ?」
王子がつぶやく。
「レイシア君。君の周りはどうなっているんでしょうか?」
暗闇もあまりに一方的な試合に驚愕するしかなかった。
「今のは無効だ! 次だ次!」
パワハーラが喚き散らす。
「立会人が開始のコイントスをしてなかったではないか! 試合はまだ始まっていない!」
細かい所をついてくる。
「しかし、コイントスの前に敗北宣言を」
「あんなものは騙されただけではないか! 無効だ無効!」
「よろしいですわ。では改めて始めましょうか。お相手は? 代わって頂いてもいいのですよ」
ポエムが騎士たちを見ながら言うと、騎士たちは目をそらした。その態度にイライラしながらパワハーラが叫んだ。
「二回戦は無効試合! 引き分けだ。それでいいだろう!」
「「「いいわけない!」」」
「「「「「おおおおお―――!」」」」
レイシアサイドが抗議したが、再戦したくない騎士たちの歓声にかき消された。
「三戦目だ! もちろんお前たちはその二人のメイドは出すなよ。お前たちはまだ一勝だ二勝しないと俺の勝ちだ。ははははは。他に人もいないみたいだし、これで終わりか?」
メイドは2人。レイシアは出られない。確かに代理戦としてはどうしようもなく見えた。
「あまりにも一方的ではないか、パワハーラ・ダメック騎士爵」
暗闇が立会人として抗議するが聞く気がない。騎士たちもパワハーラに追従するほかに方法がない。
「まったく。王子の俺がここにいるのに。なんなんだ、この騎士たちの体たらくは」
王子が吐き捨てるようにいった。
「そうね。王子がいたわ。アルフレッド様、試合に出ましょう!」
「俺が? いいのか!」
嬉しそうに返す王子。
「先生は立会人ですし、暇そ……いえ、勝てそうなのって王子だけですよね。他に人いませんし」
「いま、暇そうと言った?」
「いえ、まさか」
「まあいい。そうだな、俺が勝てばいいんだ。レイシア、一つ貸しだ。お前があいつと戦う時の勝利条件、俺に決めさせてくれ。どうせ何もないんだろう」
「え? まあいいですけど。何を頼むのですか?」
「それは俺が勝ってからだ」
王子がニヤッと悪い笑顔で答えた。
「どうしたのですか? 誰も出せない? ははは。では我々の不戦勝ということでいいですね」
「俺が出よう!」
王子が中央に歩いて行った。
「なぜ王子が!」
「親友に頼まれたんだ。さあ、勝負だ」
「親友? 誰だろう」
レイシアは本気で分かっていなかった。
メイドたちと先生はため息を吐いた。
「報われないな」
「そうですわね」
「レイはそういう子だよ。昔からね」
「ええい! 王子と言えど決闘の場では手加減無しだ! 2の1騎士の本気を見せてやれ!」
(無茶言わないで下さいよ。本当に)
呼び出された第二師団長ガーンは、しかし人事部長パワハーラには逆らえない。
(出会い頭に負けるしかないか。ラッキーヒットはあることだしな。王子に傷はつけられん)
そう心の中で決めて、闘技場に歩いて行った。
◇
「では決闘の条件を」
暗闇が言うとガーンは「ありません」と言った。
「ないのか?」
「ええ。好きで出向いた訳ではないので」
「そうか」
暗闇は同情の目を向けた。
「アルフレッド君は?」
「なら、俺も条件なしでいい。だが、このままでは騎士団に失望するばかりだ。騎士の強さを見せてくれ」
王子の言葉にハッとするガーン。
「メイドに負ける騎士は必要なのか?」
「確かに。おっしゃる通りですね」
ガーンの目に光が宿った。接待試合だとしても、騎士団の本気を見せつけなくては。
「では、本気で参ります。武器はサーベル。怪我が軽くすむ」
「俺はレイピアだ。深く切ったらすまない」
「名乗りを」
「第二師団筆頭、先読みのガーン」
「二つ名持ちか。俺はガーディアナ王国王太子、アルフレッド・アール・エルサム。二つ名はない」
「二つ名より仰々しい肩書だよ、王子」
ガーンがにやりと笑う。王子も笑って応える。
剣先を重ね構えを取る二人。初めての真剣試合光景に騎士団の皆様も静かに試合を見つめる。
「コツン」
「シュバッ」
コインの音と共にガーンが突きを放つ。それを半歩ずらして避けた王子。
((さすがにこれ位は
仕掛けたガーンも避けた王子も、同じことを思った。
「やりますね、王子」
「本気じゃないだろう?」
構え直す二人は笑い合っている。
「次は俺から行かせてもらう」
右、左と細剣を切り返す。それを上手く打ち返し避けるガーン。
(学生とは思えない剣筋とスピード。騎士団でもすぐに使える実力はある。なぜ王子がこんなに戦える? 隙を見せたらやられそうだ)
一年間、レイシア専属の訓練役として戦っていた王子。いつの間にか学生離れした実力になっていた。
一度離れて呼吸を整える二人。騎士たちは高レベルな戦いに声も出せずに見つめていた。
「「どりゃー」」
息の合った二人は、思い切り気合を吐くと一直線に斬り合った。
それは刹那とでも言う程の一瞬の切り合い。
闘技場の端までお互いが離れ、ゆっくりと振り返ると、腕から血を流していたのは笑顔のガーン。
「勝者、アルフレッド!」
会場から歓声が上がる。誰も文句のつけようもない美しい戦いだった。
剣を収めた王子が、静かにガーンに近づき静かに言った。
「わざと切られたな」
「当たり前です。王子を守るのが騎士ですから」
「ふふふ。その態度は良しだ。お前のような騎士ばかりだったらどんなによいだろうか」
王子は周りの騎士とパワハーラを見て言った。
「騎士団の最高司令は王です。王子が王になった時にはぜひ改革を」
「分かった。心に留めよう」
二人は固い握手を交わした。
会話は誰にも聞こえなかったが、その握手をする姿の美しさに満場の拍手が沸き起こった。
パワハーラとムッダーの親子を除いて。
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