310話 決闘(フライ返し)
逃げようとするムッダー。「捕まえろ」と暗闇が声をかけた。近くの生徒が数人でムッダーを捕らえ、暗闇とレイシアのいる中央へ運んだ。
「嫌だ―、死ぬー、やめろー!」
ムッダーが叫ぶが暗闇には無駄だった。
「正式な決闘です。逃れることは許されませんよ」
冷ややかな笑顔で逃げるなと圧をかける暗闇。どこまでもルール至上主義。
「レイシア、これでは試合になりません。武器を変えてくれませんか?」
「いいですけど何にしましょう。そうだ、フライ返しではどうでしょう」
「分りました。フライパンより軽いし、尖っていないので安全ですね」
「ええ。簡単に傷付けないで安心ですね」
安全だと信じているレイシアの発言は、会場内では(また長い撲殺シーンがおこるのか?)とうんざりする発言に取られた 。
「ではムッダー君。君の武器は?」
「降参します! 負けました! 敗北です!」
必死に宣言するムッダーに、暗闇は冷たく言い放つ。
「それでは貴族として生きていけなくなりますよ。騎士になることなど出来なくなります。一生涯汚名を背負わなければなりません。教師としてそれはお勧めできませんね。武器は?」
「ないです! なめていました。ごめんなさい」
暗闇は「はー」と長いため息をつき、ムッダーに言った。
「それでは、君は今から一生『決闘に登りもしない負け犬』の二つ名を持つ最低な貴族として扱われますが、それでもよろしいのですか?」
「坊ちゃま、それだけはいけません!」
執事が声を上げた。
「坊ちゃま、そうなればあなたの将来と、旦那様の立場が危うくなります。せめて決闘の舞台に立ち、潔く一筋の血を流してください。負けることは恥ではないのです」
負けた執事が言った。
「分かった。ならば舞台には立とう。そこの女、俺は何もしないから痛くないように血を流させろ」
偉そうにムッダーがレイシアに言い放った。
(((何様!?))))
生徒たちはムッダーを冷ややかな目で見た。
レイシアは何も言わず、ムッダーを眺めていた。
「では、俺の武器はこの剣でいい。どうせ使わないんだ。何でもいいだろう」
ムッダーは執事が使っていた剣を持つとレイシアの前に立った。
「ほら、始めよう。攻撃はしないからとっととやれ」
暗闇が開始を宣言し、コインを投げた。
『コツン』
コインが落ちてもレイシアは動かない。
「何をしているんだ? ほら早くしろ!」
イライラとムッダーが言うと、レイシアが冷たく言い放った。
「お馬様を馬鹿にするものに、なぜ私が優しくするとでも思ったのですか?」
(((そこなの⁈)))
そう。もともとお馬様をないがしろにした事が発端。執事はちゃんと戦ったので最後は許したレイシアだが、何もせずお馬様にも敬意を向けないムッダーはただの制裁対象。
「私が、身も心も教育し直してあげましょう。……簡単におわるなどと思うなよ! フライパンだとすぐ骨がいっちまうだろ、安心しな、フライ返しのエッジは使わねえぜ。血が出ないようにいつまでも可愛がってやるよ。死んだ方がましだと思う位にな」
途中からやさぐれモードになったレイシア。お馬様のためになら何でもできる。
「私の二つ名は、『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神』。さあ、始めようか」
自分から二つ名を名乗るほど怒りに燃えたレイシア。『ゴゴゴゴゴ』と音が聞こえるほどの殺気を身にまとった。
「私と戦った時とは段違いの殺気! 坊ちゃま早く負けを宣言してください!」
執事が焦って叫んだ。自分と戦ったのは本気ではなかったとやっと分かった。
しかし、ムッダーは殺気に当てられ声も出ない。
『パッシ―――ン』
快音を上げ、レイシアのフライ返しがムッダーのすねにヒットした。
転げまわり悲鳴を上げるムッダー。
「まだ血も出ていないし、試合続行だ。立て!」
レイシアが言うが、立ち上がらないムッダー。
「まあいいか。お馬様を馬鹿にするやつには鉄拳制裁でいいよな」
転がっているムッダーに蹴りを入れた。
「ほら、立たないと何度でも蹴るぜ。剣を構えな」
レイシアは離れて立ち上がるのを待った。猫が鼠をいたぶるように。執事が「負けを宣言してください坊ちゃま!」と叫ぶ。
「お、俺の負」
『スパコ―――ン』
と、レイシアのフライ返しがムッダーの頬に炸裂。
「敗北宣言は途中で途切れたため無効。試合続行してください」
暗闇の、あくまでルール至上主義が無慈悲に響く。
「ほら立てよクズ。心ゆくまで
やさぐれモードでにたりと嗤うレイシア。会場内から『悪魔』『死神』『アサシン』と二つ名が正しいと納得する声が漏れた。
「俺の二つ名は!」
ムッダーが叫んだ。二つ名を宣言するなら邪魔は出来ない。レイシアは黙って聞くことにした。
「俺の二つ名は、『決闘に登りもしない負け犬』でいいです! お馬様にも尽くします。ごめんなさい! 謝ります! 負けです! 俺の負けです! 負け犬です! だから終わりにして下さい!」
「試合終了! 勝者レイシア!」
暗闇が終わりを告げた。
会場内に安堵が走った。
レイシアはまだやさぐれモードから戻れない。
「チッ、これからいいとこだったのに! いいかお前ら、お馬様をないがしろにするやつはいつでも相手してやる! 厩舎の掃除サボっているヤツは今すぐ出てきやがれ!」
この瞬間、ここにいる1年生全員がお馬様至上主義者になった。
◇◇◇
「決闘の件については、ドンケル先生から報告は受けているが」
学園長がレイシアを呼び出して言った。
「ムッダー君の父親から、試合無効による再戦の申し立てが学園を通じて来たんだ。レイシア、君がやり過ぎたと、学園の生徒からも署名が集まっていてね。まあ署名は、ムッダー君の派閥が動いているだけなんだがね」
レイシアは暗闇に聞いた。
「ドンケル先生? 試合はルール通り行われましたよね?」
「ああ。立会人として保証する。さらに今回は王子含め見ていた人数も多い。君には何も問題がない。ただし、ルール上試合の無効を申し立てる権利はある。一方的に立場の弱いものが決闘に巻き込まれた時や、貴族間で負けをうやむやにしたいときなど、抜け道は作っておかないといけないからな」
強者の立場保全と、弱者への救済処置。貴族制度を維持するための必要悪はいろいろとある。決闘で一生を棒に振るのはあまりにもリスクが多すぎる。
「今回は、ムッダー君の父親が騎士団のお偉いさんなんだ。一度話をしたいと言ってきた」
「わたし、間違っていませんよね」
「「ああ」」
学園長と暗闇の声が合わさった。
「だが、まあ、やり過ぎた所はあったかもしれませんね」
「レイシア。ムッダー君の父親が騎士団の人事をつかさどっているお偉いさんなんだ。今後の騎士団と学園の関係性もある。もちろんレイシア、君が嫌なら私たちは君を守る。一度だけ会いに言ってくれないか? 立会人だったドンケル先生も一緒に行かせるから」
そうして、レイシアは暗闇と一緒に騎士団に行くこととなった。話を聞いた王子がついて行くことになろうとは、この時は誰も思っていなかった。
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