決闘(フライパン)

「ふざけるな!」


 執事テシターは叫んだ。


「こちらが愛用のサーベルを抜いているというのに、なんだ、そのふざけたフライパンは!」


 レイシアはフライパンを否定された事に反論した。


「フライパンを制する者は火を制するのですわ。業火を制するフライパンは料理人にとっては左腕も同然。馬鹿にするなど言語道断です」


(((なぜ料理人?))) 1年生はレイシアが何を言っているのか分からない。暗闇も分からない。もちろんテシターは困惑しかない。意味が分かるのはここにいる中では王子だけ。1人頷いている。


「馬鹿にして動揺を誘おうとでも言うのか。元第7師団長の私に? これでも当時は『直撃の黒豹』と二つ名で呼ばれていた私を!」


 自慢げに二つ名を披露するテシターに、今度はレイシアが動揺した。


「あの……、決闘は二つ名を名乗り合わないといけない場所なのでしょうか?」

「あるなら名乗り合うのがルールだ」


 あるわけがないと暗に馬鹿にするテシター。

 レイシアは、覚悟を決めて名乗った。


「私の二つ名ですが」

「あるのか?」


「制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神」


(((なにそれ!!!)))


 まるで寿限無のような名乗りをあげたレイシア。恥ずかしさで身もだえている。学生作家イリアがふざけてまとめた二つ名の覚え方をそのまま名乗ったが、その恥ずかしさの破壊力はレイシア自身に刺さりまくった。


「ふざけているのか!」

「いや、確かにレイシアの二つ名がすべて入っている。黒猫様だけ意味不明だが」


 王子が声を上げた。その声にイラつくテシター。


「誰だ貴様!」

「俺はアルフレッド。コーチングスチューデント2年生だ」

「アルフレッド……、まさか!」

「ああ、気にするな。ただの生徒の一人だ」


 こんな所になぜ王子が? テシターは思ったが、しかしだ。王子が見ている。その事実にテシターの承認欲求という欲が顔を出した。王族に実力を見せ、名を売るチャンスなど中々あるものではない。


 一方、二つ名をさらすことになったレイシア。それはそれで手痛い精神的ダメージを受けていた。悪魔だ、死神だ、殺し屋だと物騒な単語が並ぶいくつもの二つ名。まとめて言うとめちゃくちゃ物騒で変。ただ名乗っただけなのに、ふざけているのかと怒られる始末。


(二つ名を名乗らなければいけないなんて。二度と決闘はしたくないわね)


 よく分からない理由ではあるが、決闘は二度とするものかと心の中で誓ったレイシアだった。


 ◇


 王子の存在でやる気に満ちたテシターと、二つ名の披露で精神的疲労を負ったレイシア。サーベルとフライパンを構え、ホールの中央で向かい合った。危険防止のために、闘技エリアと臨時の観客席との間にはロープが張ってある。


「では両者いいですね。ただ今より決闘をおこなう。このコインの落ちる音が合図です。行きます」


 暗闇が天井すれすれに銅貨を投げた。「コツン」と銅貨が音を立てた瞬間、テシターの突きがレイシアを襲った。


『円舞』


 レイシアはクルッと身をひるがえし、剣先をかわした。


「この私、『直撃の黒豹』の本気の一撃をかわすとは。貴様何者だ」


(また二つ名言わなきゃいけないの!) レイシアはダメージを負いつつ答えた。


「私はレイシア。二つ名『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神』と呼ばれるもの」


 レイシアは心の中で血を吐いた。早く決闘を止めたい。また名乗らなくてはいけない状況は避けたい。でも先生から瞬殺は禁止されている。ふらふらとなりながらも、クルクルといくつもの斬撃をかわして言った。


「逃げるしかないのか、この『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神』が」


(やめて~! 他人ひとから言われるとダメージ半端ないわ!)


 レイシアの精神的ダメージは底を尽きかけた。


「フフン。所詮は学生。剣も扱えないからフライパンなのだな。この『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神』」


 繰り返し呼ばれる二つ名。レイシアの精神は崩壊した。


「黙って聞いてりゃ調子乗りやがって。このフライパンの餌食にしてやらあ!」


 料理人モードに入ったレイシアの殺気で会場が凍り付いた。

 騎士団の師団長をしていたとは言え、表立った戦争も紛争もない平和な王国。実戦経験のないテシターはこの殺気をかわすので必死だった。


「なんだ、この圧力は……。これが学生の出す殺気だとでも言うのか?」


 レイシアは、手加減しながらフライパンを振るった。

 テシターは「カキン・カキン」とサーベルでフライパンと打ち合うが、どんどん刃こぼれが酷くなる。やがて「ボキッ」と刀身が折れ、フライパンがテシターの脇腹に食い込んだ。


「ウグァ――――!」と悲鳴を上げ、テシターは倒れ込んだ。


「血は出ていない。骨は折れていない。気絶もしていない。まだ勝負は付いてはいませんね、ドンケル先生」


 暗闇ドンケル先生は、負けを認める意思があるかテシターに聞いて、試合が終わっていないことを宣言した。


「でも、武器の持たない方と戦うのは気が引けます。新しい剣を上げて下さい」

「舐めた口を……」

「いらないのですか?」

「クッ、貰おう」


 忌々し気に言葉を吐いて、テシターは剣を貰った。


「次はないぞ」

「次の剣も必要にしましょうか?」

「今度こそ、一撃で終わらす。覚悟しろ『制服の、悪魔のお嬢さまは黒魔女で、マジシャン並びにやさぐれ勇者、メイドアサシンは黒猫様の死神』」


 言わなけれよかったのに、安易にレイシアの二つ名を叫んだテシター。レイシアの表情が消えた。


 そこからは、見るも絶えない一方的な蹂躙が行われた。


 フライパンが炸裂する。ダメージを負って骨が折れないように、フライパンの底で手加減しながら殴る。パシパシと音を立てヒットするフライパン。しかし、骨は折れず血が出ることもない。

 負けたい、でも貴族の沽券にかけて負けは宣言できないテシター。


 パズッ ドゴッ パアン!


 もうだめ、何とか負けようとテシターが「骨が折れた」と宣言したが、暗闇から認められず試合は続行。気絶したふりをしても暗闇に見抜かれ続行。


 しかし、フライパンは刃物ではない。


 さすがにレイシアも、負けを宣言する様に言ってみたが、


「貴族としてそれだけは出来ない。慈悲があるなら早く止めを刺してくれ」


 と懇願おねがいされる始末。


 いつまでも続く一方的な戦いは、生徒たちの心にレイシアの恐ろしさをこれでもかと刻み続けた。


「早く終わらせてあげなさい、レイシア」


 暗闇がレイシアに言った。


「だったら、さっき気絶しているのをばらさなければよかったのに」

「それは貴族、特に騎士爵相手には出来ないのだよ。テシターの傷になる」


(((もう傷だらけじゃん)))


 生徒たちは思ったが言葉に出してはいけないと感じていた。


「だってフライパンですよ。せめてナイフを武器として選択していれば。長引かせるように指示されたから、安全なフライパンにしたのに」


(((どこが安全!)))


 口には出さないツッコミが会場中にあふれた。


「でも、さすがにかわいそうね。そうだ!」


 レイシアはテシターに近づき耳打ちをした。立ち上がるテシター。2人は距離を取り、剣とフライパンを構えた。


「ヤアー」


 レイシアはスローモーションのように、テシターの頬に向けてフライパンを当てた。怪我の無いように優しく触れる程度の力とスピードで。


「うわぁぁぁぁぁ――――――!」


 テシターはわざとらしく吹っ飛び、唇を自らの歯で噛んだ。

 唇から一筋の血が流れた。


「自傷は試合続行できるのだが」


「自傷ではございません! 見事に討ち取られました」

「私の実力で勝ったんです!」


「……そう言う事にしとくか。勝者レイシア・ターナー」


 暗闇が勝利宣言を出したが、冷え切った会場の生徒たちは皆黙っていた。


(((いいの? これで)))


 口に出したらまずい事を感じている生徒たち。悲惨な試合と茶番だらけの結果に心がついて行かない。


 そんな中、暗闇が宣言した。


「では、レイシアが勝ったので約束通り第二試合を行う。レイシア・ターナーとムッダー・ダメック。ムッダー君こちらへ」


(((そういえば、レイシアが勝ったら決闘をすると、ムッダーは約束をしていたな)))


 あっさりと決めた決闘のことを、会場の全員が思い出した。

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