決闘前の確認作業

 暗闇が騎士コースの1年生は見学した方がいいと他のクラスの教員たちに声をかけた。そのため他のクラスの生徒や教員も集まり、会場は見学の生徒が予想以上に多くなった。噂を聞いた王子も駆けつけたのは言うまでもない。暗闇はレイシアに言った。


「いいかい。相手にも事情とプライドがある。瞬殺は止めるように」

「分りました。プライドをへし折ればいいのですね」

「……まあ、それでもいいです。きちんと実力で負けたと思わせてください」


 言いたいことが伝わってない。でも結果的に間違わなければいいかと思った暗闇だった。


 暗闇が生徒たちに説明を始めた。


「これは貴族同士の正式な決闘です。申し込んだのはダメック騎士爵の執事テシター・ムーリ。元騎士団所属。騎士爵だ。申し込まれたのは、レイシア・ターナー。子爵令嬢だな。決闘のきっかけは馬小屋の掃除をムッダー・ダメック君が使用人にやらせていた所をレイシアが発見し、注意をしたところテシター執事と言い争いになり執事が決闘を申し込んだ。ということです。まあ、レイシアにとっては理不尽でしかないですね」


 会場にいた生徒たちは、(それでいいの?)と思った。


「皆が何を思っているのかはよく分かる。しかし、投げられた手袋を受け取ったら正式に決闘を受けたことになる。今回レイシアはその事を知らずに、反射的に飛んできた手袋をつかんでしまった。それでも決闘が成立する。覚えておきたまえ。自分が巻き込まれそうになったら、決して手袋に触れてはいけないとね」


 暗闇は先生らしく生徒たちに指導した。


「ムッダー君。何か言う事はあるかね」

「僕は悪くないです」

「……そうですか。そこは『僕が悪かったです。真面目に掃除をしますので決闘は止めて下さい』と言うところなのですがね」

「僕の執事は強いです。必ず勝ちます」


 胸を張るムッダーの前に、手袋が飛んできた。思わずつかむムッダー。


「では、あなたとも決闘しましょう。つかみましたね」


 レイシアが冷ややかに言った。ムッダーはあわてて手袋を放り投げたがもう遅い。


「ほう。レイシア、君が執事のテシターに勝ったら許可しよう。それでいいかい?」

「はい!」

「僕の執事が勝つに決まっている。それでいいよ」


 ムッダーはレイシアの担当ではなく、さらに真面目に授業を受けていなかったため、メイドアサシンがレイシアの事だとは思っていなかった。今日のレイシアの姿が、料理人の作業服のせいもある。メイドの衣装ならさすがに感づいていたのだろうが、運が悪かった。


「では条件の確認。執事テシターが勝ったら今までのムッダーの行為は全て不問。これからも厩舎の掃除は使用人が行う。並びにムッダーとレイシアの決闘も無効。これでいいかなテシター執事」

「よろしいです」


「レイシアが勝ったら、徹底的に厩舎の掃除をすること。馬をお馬様と崇める事。お馬様のために粉骨砕身ふんこつさいしんすること。後は決闘が追加だな。……本当にこれでいいのか?」


 お馬様しかない条件に、引きまくる暗闇。


「もちろんです。お馬様を笑うものはお馬様に泣く。お馬様を馬鹿にするものは、お馬様に蹴られてしまえばいいのです」


 生徒たちも引きまくっていたが、王子はじめ一部の『お馬様至上主義』を叩きこまれた生徒たちは(うんうん)と頷いている。


「では、ルール確認。生徒の皆さんも覚えて下さい。武器は申告制です。いくつ申告してもかまいませんが、申告していないものを使ったら反則負けです。勝利条件は3つ。一つ目は相手に負けを宣言させる。これがスムーズですが、宣言して負けた者はその後貴族間で『負け犬』と呼ばれ続けられるという辱めを受けます。それは公爵であろうが王族であろうが同じです。プライドのない者は貴族として嘲笑の対象になります。これはうかつに決闘を行わせないための役割になっているのです」


 なるほどと、生徒たちは頷いた。


「二つ目は、戦闘不能になることです。気絶や骨折など、大怪我を負った場合ですね。命を奪うのは最低の行為です。決闘は殺し合いの場ではありません。必要以上の攻撃ができないように、骨折気絶には負けが判定されます。決闘は私怨を晴らすところではありません。ここは重要です。決闘は私怨を晴らす場所ではない、復唱」


「「「決闘は私怨を晴らす場所ではない」」」


「よろしい。最後は一番多い勝ち方です。相手の体から血を流す、これです。わずか一滴でも、攻撃が当たって血が流れたら負けです。防御などで自分でつけてしまった場合はセーフですが攻撃が当たって一滴でも血が流れたらそこで試合終了です。これは本物の武器を使うことにより、大怪我をすることを防ぐためです。実力差がある場合は、いかにかすり傷で済ませられるかが貴族としての矜持として褒め称えられる行為になります。いかに少ない傷で勝てるか。そこに注目してください。決闘は殺し合いではない。貴族としての引くに引けないプライドをかけた真剣勝負。相手が死や再起不能にする大怪我をさせるのは必要がないのです」


 生徒たちは、貴族の決闘が殺し合いなどではないという事を理解した。そのため、元騎士とメイドアサシンレイシアがどのくらいやり合うのかに興味津々。


「では、武器の宣言を。なお、レイシアは飛び道具は禁止にします。生徒の皆さんは分かると思いますが、レイシアが暗器フォークを使うと一瞬で試合が終わるでしょう。ハンデは必要と判断しました」


 生徒たちからは頷き半分、ブーイング半分の声がかかった。


「ハンデなどいらん。私の剣で瞬殺してあげよう。私の武器はサーベル、これで十分だ」


 執事は仕込み杖から細身のサーベルを抜いた。


「では、私はこれでいいです」


 レイシアはカバンから武器を取り出した。


 それはしっかりと使い込んだ、黒光りするフライパンだった。

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