厩舎でいざこざ

 そんな感じで、それぞれ特色だらけの授業を受け、あるいは受け持つこととなった。やがて靴も出来上がり、少しだけ楽になったレイシアだった。


 特に、女性貴族の座学とビジネス作法は同じ事柄が違う視点で語られるため、レイシアにとっては貴族女性の振る舞いや言葉遣い、考え方を学ぶ事に非常に役に立った。

 例えば、言葉遣い。ビジネス作法では「貴族女性の言葉は、同じ言葉でも対応する相手によって意味が変わることを覚えましょう。同じ『いいですね』という言葉でも、目線、声のトーン、商品を手に取って言うか置いたままか、それらを総合的に感じながら裏の感情を読み取ってください」と実践を交えて教えられ、貴族講座では「私達は、あからさまに好き嫌いを言ってはいけません。そして社交界ではストレートな言い回しは品のない人物として忌み嫌われます。話す相手との関係性で言葉の意味が変わることを意識し、目の前の人との友好度と態度、目線、声のトーン等で意味を読み取って下さい。では実践です」と具体的に指導が入った。こんな感じだ。


「良い天気ですね」 はい、これはどういう意味でしょう。

「あなたに会えてよかった。です」

「まあまあですね。この場合は私の方が立場が上ですので、『あなたがここにいるのを認めてあげます』です。立場が下ならあなたに会えてよかったでいいのですが」


「良い天気ですね」 はいこれは?

「こんな日差しの強い日に何の用かしら? 日傘差しても日焼けが気になるのに」

「素晴らしい。よく出来ました。目線を外しながら言う事で、同じ言葉でもこれだけ意味が変わります」


 貴族の言葉遣いはややこしい。しかし、貴族の中で説明を受けるとビジネス作法の理解が進む。ビジネス作法で基礎を学ぶと、貴族講座での振る舞いが意味のあるものだと思うことが出来る。平民寄りのレイシアにとっては両面から学ぶ事で何とかついて行くことが出来るようになった。


 ◇


 レイシアが朝厩舎を見回っていると、大人の人たちが掃除をしていた。


「何をしているのですか」


 レイシアが聞くと、「坊ちゃんの代わりに掃除してるんでさあ」と答えがきた。


「ここの掃除は授業の一環です。坊ちゃんにやらせてください」

「そう言われても。あっしは雇われただけですんで」


 言い合っていると執事らしい男が出て来た。


「あ、旦那。何やら女生徒が言いがかりをつけて邪魔するんでさあ」


 執事はレイシアに言った。


「君はここの生徒か。そんな服ボロボロの服を着ているなら作業員か何かか? 私はダメック騎士爵の執事。邪魔しないでもらえるかい?」

「ダメック騎士爵ですね。私は騎士コースのコーチングスチューデント、レイシア・ターナーです。この事は教師に報告させていただきます」


 執事が笑いながら言った。


「またまた、良い冗談だな。そんな恰好の生徒がいるものか。ましてやそんな体格でコーチングスチューデントだ? 適当なことは言わない方がいいな」


「騎士爵ならご主人は騎士あるいは元騎士ですよね。騎士団はこんなものなのかしら」


 盛大に嫌味を言いながらわざとらしくため息をついた。少しは貴族らしい振る舞いが出来るようになっている。まだまだ言い方がストレートだが、結果として格下に言う言い方になっていた。


「馬鹿にしているのか!」

「いいえ~。新しく赴任したドンケル先生暗闇はこう言ったことに厳しいのですわ。去年までのやり方は通用しないと思ってくださいね。そうそう、他のコーチングスチューデントにはアルフレッド王子もおりますわ。あの人もお馬様にかける愛情は本物ですよ。伝えておきましょう」


「貴様ごときの小娘が王子と話すだと。おい、つまみ出せ」


 執事が命令を出す。「あっしの仕事は馬小屋のそうじだけですぜ」とブツブツ言いながら「ほら、嬢ちゃんさっさとあっちにいきな」と声だけかける。


「では、ダメックという生徒に直接話をしてきましょう。私の受け持ちにはいないようですが、ドンケル先生に言えば教えてくださることでしょう。根性を入れ直させるか落第させるか。執事が面倒くさいので落第にしましょう。ダメック騎士爵様に怒られてください。あなたのせいで息子の騎士爵への道が閉ざされたとね」


 執事の顔が真っ赤になった。


「お前にそんな権限はない!」

「ありますよ。コーチングスチューデントですから」

「ふざけるな!」


 執事は手袋をレイシアに投げつけた。レイシアは反射的に手袋をつかんだ。


「そこまで言うなら腕前を見せて見ろ」

「それは面白いですね」


 どこからともなくドンケルこと暗闇が現れた。


「なるほど。いかにもムッダー・ダメック君のやりそうなことですね。ああ、私はドンケルと申します。騎士コースの指導者ですよ」


 執事はまずいと思った。


「この使用人の小娘が私に難癖をつけてきまして」

「ああ、レイシア君ですか。こちらはレイシア・ターナー子爵令嬢ですよ。騎士爵の執事が生意気な口をきいてよい身分の方ではないのです」


「えっ! 子爵……、まさか」

「ええ。そんな風には見えませんがね。まあいいでしょう。先ほど手袋を投げつけたようですが」


「も、申し訳ございません! ご令嬢とは思わずに」

「その決闘認めましょう。レイシア、今日の実技の最初はこちらの執事と決闘しなさい。よいですね」

「はい」


「あなたもよろしいですか? 決闘に勝ったら今までの事は無かったことにします。そのステッキ、仕込み杖でしょう? サーベルが仕込んでありますね。あなたも元騎士だったのではありませんか?」


 執事は杖を抱えた。


「あなたが勝てばいいだけです。なんならサーベルを使ってもよろしいですよ。こんな小娘に負けるほど落ちぶれてはいないですよね」


 執事は「それでいいのか」と問い返した。


「もちろん。そうですね、ムッダー君にも見てもらいましょうか。ご雄姿見せてあげてください。レイシア。君は投げ道具一切禁止だ」


「投げなければ武器は何でもいいですか?」

「もちろん」

「では、準備してきますね」


 レイシアは更衣室に向かった。


「では後ほど。場所は第三体育ホールでお待ちしております。ムッダー君と共においで下さい」


 そう言うと、一礼をして暗闇は去っていった。


「だんな~、どうするんで?」

「決まったことよ。正式な決闘だ。あの小娘、叩き潰してやる」


 執事は小者感たっぷりに「ククククク」とわらった。

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