補助員 冒険者基礎

「明日の授業の前に打ち合わせしたいんだが」


 元黄昏の旅団のククリが、レイシアとルルに声をかけた。3人はククリにあてがわれた教師室に集まった。


「俺は生徒がよい冒険者になるための授業を組もうと思っているんだが」

「え~! 冒険者なんかなりたくないって思わせる授業にしようよ」

「何言っているんだルル。生徒を育てるのが教育というものじゃないか」

「ここは違うわ! 冒険者を夢見るガキに現実を見せつけるのが私たちの役目よ」


 ククリとルルの方針が合わない。どちらも生徒の事を思っての事なのだが。


「だって、他の道を選んだ方が幸せになれると思うのよ」

「それはそうだが、覚えておけば潰しが利くぞ」


「ねえ、レイシアはどう思う?」


 ルルがレイシアに振った。


「私ですか? そうですね。根性のない人は最初から来ない方がいいと思います」

「ほう」


「そして、根性のある人は他の仕事に着いた方がいいと思うのですが」


「どういうことだ?」

「つまり、冒険者を仕事にする必要はないのではないかと思うんですよ」


「そうよね! 分かってるじゃんレイシア」


 ククリがため息をついた。


「つまり、お前ら2人は冒険者になるのは反対だというのか」

「そうよ」

「そうですねえ。勉強ができる環境で、騎士・執事・メイド・商人・事務など、まっとうな職業を学ぶ機会があるのに、わざわざ冒険者を目指すのは愚の骨頂かと。わざわざこのコースを取って、グロリア学園を卒業したのに冒険者になって成功した人っているんでしょうか?」


「……俺だよ!」


 あまりの言われように、ククリがぶすっとした感じで名乗りを上げた。


「ああっ、そうでしたね。でも現役時代はCランク止まりでしたよね。Aランク、せめてBランクの方はいましたか?」


「いるわけないよ、そんな人」

「ですよね。Bランクになれる実力があるなら、普通に騎士を目指すべきです。冒険者がロマンとかいうのって、知慮が足りない証拠ですよね」


 ククリは自分の若い頃を否定されたように感じた。グサグサと胸を突かれるような思いだった。


「以前、クマデの村で『平民になりたい』と言って皆さんに怒られてからいろいろ考えました。そして、この補助員を受けて、冒険者になった卒業生のその後を調べてみました。結局、1年以内に怪我などで冒険者を辞める者は50%超、イメージと違うと辞める者は30%弱、行方不明15% 残りDランクまでがほとんどなのです。最初から平民の冒険者と大して変わりのない感じですよ。もっとまっとうな職につくべきです」


(若い頃の俺に聞かせてやりたい)そんな気持ちが出てくるほど、レイシアの言葉に打ちひしがれて、ククリは方針転換をした。


◇◇◇


「このクラスを担当するククリだ」

「同じく担当するルルです」

「この間までルルと一緒に黄昏の旅団というパーティで冒険者をしていた。Cクラス冒険者だった。今はソロでBクラスになって引退した」

「わたしはCクラスのままだけどクマを倒したこともあるわ」


 その挨拶に、冒険者を夢見る生徒たちはワーワーと盛り上がった。


「そして今年の補助員、コーチングスチューデントはレイシア・ターナー。子爵令嬢だ」


 ククリの脇にボロボロに使い込んだ調理人の作業着を着たレイシアが立った。。

 生徒たちは混乱した。優秀なはずの補助員・コーチングスチューデントがこんな弱そうな小さな女の子。しかもボロボロの服を着ながら子爵令嬢? 一瞬静まり返った後、怒号が響き渡った。


「レイシア・ターナー。Cランク冒険者です」


 レイシアが挨拶すると、さらに騒めく生徒たち。


「あれが補助員?」

「Cランク? まさか」

「あれでCランクなら楽勝じゃん」


 ククリが大声で黙らせる。


「お前ら黙れ! レイシアに勝てると思うもの、手を上げろ」


 全員が手を上げた。


「ふふふ、全員だな。それでいい。手を上げない者には去ってもらおうと思っていた所だ。その位でなけりゃ冒険者にはなれん! じゃあ、レイシアに勝ってもらおうか」


 ふふふふふ、と噛み殺しながらも漏れてくる苦笑いをしながら、ククリが指示をだす。


「じゃあ最初は腕立て伏せだ。レイシアよりできたやつは合格。全員配置につけ」


 レイシアと向かい合わせで整列し床に伏せる生徒たち。余裕シャクシャクな感じだ。


「じゃあやるぞ。掛け声から遅れたらしっかくな。よーい、スタート。1・2・3・4・5・」


 20回くらいでぽつぽつと脱落する者が出て来た。


「あらあら、30回も出来なきゃ生き残れないわよ。体力なさすぎ。ここに名前を書いて帰るのね。冒険者は諦めなさい」


 ルルが30回以下の者を強制的に失格させて帰らせた。

 50回、60回とどんどん脱落してゆく生徒たち。わずかに残ったものもきつそうな感じだ。


 そんな中、すいすいと腕立てを続けるレイシア。

 73回で最後の一人が床に倒れ込んだ。


「お前ら、レイシアに勝てるんじゃなかったのか? まあ得意不得意はあるからな。では、残ったもので次は短距離走だ。一列に並んでこのホールの端までダッシュ。レイシアに勝ったものは休んでいいぞ。勝つまで続ける。なあに、腕立て先に終わって休んでいたんだろう? レイシアは100回こなしたんだからな」


 間髪入れずに次の競技が始まる。「スタート」の掛け声で、思いっきり走り出す生徒。レイシアはわざとギリギリで勝つように手を抜いた」


「おしい! 今度こそ」


 むきになって続ける生徒。ぜんぜん追い付かずだらだらと走る生徒。10本以下で倒れ込んだものはルルが強制退去。生徒たちが減っていく。


 30本目にククリが言った。


「じゃあレイシア本気出そうか」


 本気を出したレイシアの走りは、まるで稲妻のようだった。勝てそうと頑張った生徒たちの心を粉々に砕いた。


「まあ、向き不向きもあるからな。何しろ冒険者は体力がなければ務まらん。次はスクワット。レイシア、1000回は出来そうか?」

「楽勝です」


 笑顔で答えるレイシア。生徒たちは崩れおちた。


「いいか、これが現役Cランク冒険者の実力だ。お前らみたいな体力なしでは最低ランクでドブさらいをして少ない日銭を稼ぐのがやっとだ。冒険者のほとんどは底辺の日雇い作業員だ。実力もないのに調子に乗って狩りになんぞ行ったら、大体初回はまったく狩れないか大怪我をするがオチだ。10分休憩したら体力作りを行う。辞めたいやつは名前を書いて出ていくように」


 そうして、わずかな者だけが残り、授業は続けられた。




授業を終えて生徒がいなくなった中、


「わたしたちだって無理じゃん。現役当時でも絶対無理! レイシアおかしい!」


と、ルルがククリに言ったのは、生徒たちとレイシアには内緒。

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