騎士コース 馬術基礎

 アサシンメイドとして認識されたレイシアは、その後午前中いっぱい基礎体力作りのトレーニングを生徒たちにやらせた。逆らうものは誰もいない。


「98・99・100。はいOK。じゃあ少し早いけどここで終わりにしましょう」

「「「おおー!」」」

「なぜ早く終わるか分かりますか?」


 盛り上がった生徒たちが静まった。


「それは、午後からめいいっぱい働いてもらうからです!」


 レイシアのうれしそうな笑顔に、引いてゆく生徒たち。


「だから学食が混む前に飯を食ってしまえ! それから休憩だ! 疲れていても飯は食え! 絶対命令だ!」

「「「ラジャー」」」


「では解散!」


 生徒たちはこの場から、いや、レイシアから逃げ出すように素早く学食へ向かった。

 ガランとしたホールに暗闇とレイシアだけが残った。


「それにしても、ずいぶん強いようですが……、どこで戦闘訓練をしたのですか?」

「戦闘訓練? ええ? そんなことしていませんが」

「はは。またまた。まあ、秘術に近いものがあるのでしょうか?」

「いやほんとに」


 暗闇は何とか聞き出そうと、貴族らしい会話を仕掛けたが、レイシアにその意図すら伝わらずちぐはぐなやり取りしか出来なかった。


「そうですね。刃物の扱いは料理長に仕込まれました」

「料理長? ですか? ちなみに先程の剣は? さぞ名のある宝刀なのでしょうか。見たこともない形をしていましたね。よろしければ見せていただけないでしょうか」

「いいですよ」


 そう言ってマグロ包丁を出しては、暗闇に渡した。


「ううむ。私もたくさんの武器を見てきましたが……、何ですかこの武器は。私のデータベースには存在しない!」


「包丁ですよ」

「は?」

「包丁です。マグロという魚をろすためだけに作られた包丁です」

「はあ?」


 なにそれ? 暗闇はあっけにとられながらもその美しい刀身に心を奪われていた。


「私も初めて見た時は感動しました。運命の出会いでした。料理人として頑張って来てよかった」


 なぜいちいち料理人なのか理解できない暗闇。暗殺術など習っていないレイシア。事実を伝えるのは途方もなく難しく、理解するのも不可能だった。



 午後は馬術基礎講座。レイシアが心から楽しみにしていたお馬様との触れ合いの場。生徒たちを厩舎に連れて行った。

 暗闇ことドンケル先生が指導をはじめた。


「では、馬小屋の掃除の仕方を教えましょう。馬を乗りこなすには、馬との信頼関係が」

「お馬様です!」


 暗闇の説明を中断させるようにレイシアが前に出た。


「ここにいるのはお馬様。お前たちは馬に乗るのではない。乗せて頂くのです!」


 あっけにとられる生徒たち。でもレイシアは怖い。


「お前たちはお馬様の召使です! お馬様に比べたらお前たちの価値は塵芥ちりあくたごみくず以下の存在! 馬に乗るとか思うな! 乗せて頂くんです。 お前たちなんか、お馬様に蹴られたらその時点で大怪我したり死んだりします! 間違えないで! お前たちはお馬の召使いです! いいですね」


 去年言われた事を1年生に伝えた。暗闇が引いている。去年の担当教授がお馬様至高主義の変人だったためレイシアも王子も残念な感じに育ってしまったのだ。


 文句を言う生徒にはスプーンを投げ当てて黙らせた。

 引継ぎのための2年生も、レイシアに逆らう気もなく真面目に1年生を指導した。大半はお馬様至上主義の教師の言葉を聞いていたから。

 それでも真面目に掃除をしていたのは半数程度。大概は召使いなどにやらせていた。ここにいるのはちゃんとしていた2年生だけだが、お馬様至上主義者に育ったレイシアには不満だらけ。


「私が補助員となった限りは、不正する者も手を抜く者も許しません。一年間気合を抜かずにお馬様にご奉仕する様に。では、引継ぎ作業開始」


2年生たちは、1年生を引き連れ、掃除のやり方やお世話の仕方を教えながら、レイシアの異常性をコソコソと1年生に伝えた。


    『メイドアサシンには逆らうべからず』


 1年間のクラステーマが、レイシアのあずかり知らぬところでコソコソと決まったのだった。

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