補助員 騎士コース

「本当にこれでいいんでしょうか」


 レイシアは、教師の暗闇に聞いた。


「ああ、それでいい。それから私の事はドンケル先生と呼ぶように。君には木曜日の授業を担当してもらいます。午前中は実践、午後は乗馬です。魔法コースに関しては、教会に行った後決めたいと思います。よろしくお願いしますよ、レイシア君」


 人当たりの良い笑顔で暗闇は答えた。


「補助員は他にもいますが、曜日が違うのでめったに会うことはないでしょう。君は君のやれることをやってもらえばいいのです。自信を持ってください。では行きましょう」


 体育用ホールのドアを開け中に入る。騎士コースの生徒たちがざわめく。


「静かに。今日は新しい補助員、コーチングスチューデントを紹介する。2年生のターナー子爵令嬢のレイシアだ」

「レイシア・ターナーです。よろしくお願いします」


 メイド服に身を包んだレイシアが挨拶をすると、一斉にブーイングが起こった。


「他のクラスは王子だったのに」

「なんだそのちっこいやつ!」

「子爵令嬢? 何しに来たんだ」

「メイド服? なめてるのか!」


「黙れ!」


 暗闇が怒鳴った。


「レイシアがメイド服なのには意味があります。騎士は戦場や魔物退治だけにいくのではない。王族の護衛という大切なミッションもあるのです。もし、暗殺者がメイドの格好で紛れ込んでいたら、あなた達はどう対処するのでしょうか」


 2人ほどの生徒の中から「メイドアサシン」という言葉がもれた。兄のいる生徒が噂として聞いていたのだ。


「メイドアサシン。よくレイシアの二つ名を知っていましたね」


 多くの生徒たちは何を言っているのか分からない。だが、メイドアサシンというパワーワードに得体のしれない恐ろしさを感じた。


「君たちの後ろに人形があるのだが、気づいていたものはいるか?」


 大多数の生徒が振り返った。数人の生徒は後ろを見ずに片手を上げた。


「よろしい。今振り返らなかったものはこちらへ。君たちは見込みがある。名前を報告しなさい。では、これからレイシアが人形にアタックをかけます。人形を王族と思い、暗殺を阻止してください。手段は選ばなくていいです。2分後にスタートしますので準備をしてください」


 暗闇が穏やかに言うと、生徒たちは人形の前に集まっていった。


「私はどんな攻撃をしてもいいのですか?」


 レイシアが聞いた。ここは重要。


「生徒に重い怪我をさせなければいい。すり傷やちょっとした切り傷はOKです」

「骨折は?」

「腕・足以外はしないように」


(((骨折アリなの?!)))


「はい。今骨折やだな、と思った人。この授業辞めた方がいいです」


 冷酷な声がホールに響く。


「君たちはレイシアを見て、こんなメイド服を着た弱そうな女が指導できるのかと思ったはずです。そうですね。その少女一人を捕まえるだけの簡単なミッション。腕を折られるつもりなのですか? 大層な鎧を着ながら負けるつもりだとでも? 冷静に考えて見なさい。40対1のゲームです。しかも守ればいいだけ。そうですね、時間も付けましょうか。5分です。5分守れば君たちの勝ちです。どうでしょう? これでも負ける気でしょうか」


 煽られた生徒たちのやる気に火がついた。5分守るだけでいいとは、馬鹿にされたも同然。


「武器を構えてもいいですよ」


 レイシアが言うと、怒りが跳ね上がった。


「馬鹿にするな!」

「お前なんか素手で十分」

「そっちこそ武器を持てよ」


 ワーワーとヤジがでる。


「いい傾向です。では、この砂時計が裏返ったらゲームスタートです。レイシアを行動不能にすれば君たちの勝ち。少しでも人形に傷が付いたら負け。いいですね。ではスタート」


「シュバッ」


 砂時計が返った瞬間、レイシアはフォークを人形に投げた。人形の咽喉のどに深々と突き刺さった。


「死亡確定ですね」

 

 暗闇は再度砂時計を返した。砂がすぐに戻っていく。生徒たちは「ずるい」「卑怯だ」と怒鳴った。


「何が卑怯でしょうか? 暗殺とはそういうものですよ」


 つまらなそうに暗闇が言う。


「言ったでしょう? メイドアサシンだって。暗殺者はどんな手でも使ってきます。その鎧や盾で防げばよかったのですよ。あるいは剣で叩き落せば。では2回戦です。スタート」


「シュバッ」


 また一瞬で終わる。


「終わりですね」


 ため息をわざとらしく吐いた暗闇。


「作戦を立てよう!」


 生徒の一人が叫ぶ。叫んだ生徒がリーダーになり話し合いが行われた。


「ほう。少しはまともな生徒がいるようですね。5分で決めて下さい」


 暗闇が砂時計を返してレイシアに聞いた。


「囲まれて守られたら勝てますか?」

「打ち身くらいはいいんですよね」

「もちろんです」

「なら余裕ですね」


 生徒たちは半分が盾を持って人形の前に構えた。遠くからフォークを投げられても盾で阻むことが出来る。残りは木刀や剣を構える者、素手で捕まえようと身構える者に分かれた。


「この設定パーティーですよね。これじゃあお客様は楽しめないと思いますが」


 レイシアのつぶやきに「うるせえ!」と怒声が飛んだ。


「ルール決めませんか?」

「ルールですか?」

「ええ。怪我はさせたくないですから。私の攻撃が当たった人は戦線離脱して貰えればありがたいです。手加減できますので。その代わり、私に何か当てたら私の負けでどうでしょう。当てるのは素手でも武器でもいいですよ」


 暗闇は頷く。生徒たちもそれなら簡単と了解した。


「じゃあやろうか、この三下ども」


 レイシアが料理人モードに入った。殺気がホールにみなぎる。レイシアはホールの後ろに立ち、生徒たちから距離を取った。


「じゃあ、遊んでやるから殺す気で来な」


 耐え切れない緊張感と殺気に、生徒の一人が「うわぁー」と叫びながらレイシアに向かって走ってきた。「スタート」と暗闇が声を出すと、レイシアはナイフを生徒の防具に当てるように投げた。

 それでも止まらなかったため、レイシアは顔を殴って倒した。


「てめーら、武器が当たったら戦線離脱だといっただろう! 最初の攻撃で引けば怪我させなくて済むんだ。言うことぐらいちゃんと聞きやがれ、カス共が!」


 怪我をしないようにスプーンを5人に当てる。


「今当たったヤツ戦線離脱! すぐにだ!」


 当たった生徒はほっとしながら端に寄った。


「まあ、フォーク投げで全員倒したら訓練にならないか。接近戦も体験するかぁ?」


 どこからともなくマグロ包丁を取り出す。


(((ヤバいやつだ)))


 生徒たちがドン引きする。魔王のような殺気のレイシアに見たこともない妖刀。ホールが凍り付いたように静かになった。


「いくぞ」


 その声と同時にレイシアの姿が消えた。


「ゴト。……ゴト……、ゴトゴトゴト」


 生徒たちが構えていた木刀が半分に切られ、大きな音を立てながら床に落ちた。


「木刀の代わりに首を斬ることだってできる。戦線離脱しな」


 柄を掘り投げ捨てながら、いそいで端による生徒たち。残った生徒はあまりの恐怖に立っているのもやっと。剣を手放して降伏するものが続出した。


「おめーら最低だな! 王を守らず敵前逃亡か。騎士として考えな。お前の命と王の命、どっちが大切かってな。命投げ出しても王を守るのが騎士だろう! 軍法会議ものだ!」


「ギルティ・ギルティ・ギルティ」と怒鳴りながら制裁を加えた。ようは殴る蹴る。もちろん大怪我はしない程度に。


「さあお待たせ。続けようか」


 殺気を強め包丁を構え直すと、倒れ込む者、失禁する者、やけになって向ってくるもの、まとまりも計画もなくパニックになっていた。


 レイシアは(ここまでか)と思い、人形を一殴りしてゲームを締めた。


「集合!」


 レイシアの声に、必死で集まる生徒たち。


「お前らは弱い。騎士としての心構えもなっていない! これから1年でその性根叩き直してやる。いいな。私の事は上官と呼ぶように。では休憩と言いたいところだが、床が濡れている。掃除だ! 掃除の後休憩せよ。手ぇ抜いたら分かってるだろうな。では掃除開始!」


 上下関係をはっきりと示して、授業は休憩を迎えた。

 しかし、この状況を一番驚いたのが暗闇だという事を知る者はいなかった。

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