ビジネス作法(貴族対応) 2年目
「では、今年は顧客である土地持ち貴族の生態を理解する講義を行います。法衣貴族と土地持ちの貴族では考え方、感じ方、着眼点など様々なものが違っています。顧客ニーズを知るためには、顧客の生態を理解しなければいけません」
この授業は貴族コースを受けなければいけなくなったレイシアにとっては、まさにタイムリーな講義内容だった。
貴族でありながら、法衣どころか平民に近いレイシアの日常。お母様の貴族教育はそれなりに残っているし、マッドな神父の影響は計り知れない。そんなこんなで思考がどこにも所属できなくなったレイシアが、貴族の思考を理解するために最適な内容。しかも視点は商売人。レイシアは授業に集中した。
「つまり、独身、特に学園に通っている様な貴族女子は、良い婚約者を得るため、あるいは婚約者を繋ぎ止めておくため、我々の言葉で言えば『商品価値を高める』ことが大事なのです。この言い方はここでしか通用しないので、他では使わないでください。専門性の強い授業ではよくあることですが、他のシーンで使うと問題になる言い回しは沢山あります」
そう言うと、教師は泥だらけ芋を全員に渡した。
「では皆さん。手元の芋の商品価値を高めてから売って下さい。どんなことをしてもいいです。時間は15分。始め」
生徒たちは何をすればいいか分からなかった。その中で、ハンカチで芋を磨く者が現れた。それを見た他の生徒も芋に対して泥を落としたり、水を取りに行ったり、何とか見た目を上げようと必死になった。
「先生。何を使ってもいいんですか?」
レイシアが教師に聞いた。
「もちろん。どんなことをしても、何を足してもいいですよ」
「外に行ってもいいですか?」
「時間内なら結構です」
レイシアは外に出ると、カバンから作っておいた肉入りスープと鍋を取り出すと、芋の皮を剥き、細い短冊切りにして放り込んだ。
「このくらい細く切れば、8分位で柔らかく煮れるね。他にもカットした芋も入っているから、芋料理としては大丈夫なはず。あとは盛り付けとメインディッシュね。そうね、高く売るならデザートも」
レイシアは火魔法を上手に使いスープを煮た。そして急いで近くの共同更衣室に入っていった。
◇
教室では、芋の値段を審査するため、教師の前に列ができていた。
「君も磨いただけですか。これでは銅貨1枚も価値は上がりませんね」
生徒も教師もがっかりとしていた。そんな中、かごにハンカチを敷いてその中に芋を入れた生徒が教師にそれを差しだした。
「これは?」
「特別感を出してみました。同じ芋でも、こうしておけば高そうに見えませんか? 少なくとも、かごとハンカチの分値段は上がるでしょう?」
教師は拍手をした。
「イモを磨いただけの者たち。これを見なさい。これが正しいパッケージというものです」
教師は生徒をほめ讃えた。
「貴族の女子のドレスや宝石は、このかごやハンカチなのです。同じ芋でも大きさや形で多少の差は出ます。しかし、パッケージによっては本体以上の価値を上げることが出来ます。このイモのパッケージのように。貴族は無駄に着飾っているのではないのです。馬子にも衣装、カワイイは正義なのです。美しく、可愛らしく、エロく、その魅力を高め、商品価値を上げるためのプロデュースを担う事が出来るのが一流の商人なのです。他にはいないのですか? これ以上の発想ができる者が!」
必死になった生徒たちが、ハンカチを出したりいろいろ考えたがそれ以上のアイデアが出てこない。かごに入れた生徒が自信ありげに座っている中、教師が「残り1分」と時間を告げた。
「お待たせしました」
レイシアがメイド姿で入ってきた。
(((やさぐれ勇者……)))
生徒たちはレイシアを見て引いた。メイド服のレイシアを見るのは、ここでは初めてだった。
「レイシア、何をするんですか?」
教師が訊ねた。
「芋の価値を高める料理を作ってきました」
(((なんで?)))
教師も一緒に理解不能になった。
「では準備しますね」
教卓にクロスを広げ、皿を並べた。
「野草のサラダ、芋のクルトン添え。ボアと芋のスープ。ベーコンとシャケの握り飯。小鹿のステーキ、湯がいた芋を添えて。デザートは、ターナー風味のあっさりクッキーにサクランボのジャムを添えて。紅茶は、グラニュール地方で採れた、カーラードの一番摘みの茶葉です。食後にお出ししますのでご期待ください」
「レイシア? これは何?」
「芋の価値を高めてみました」
「この料理の値段は?」
「いちごジャムだけでも銀貨……」
「お前なあ!」
教師は頭を抱えた。
「この料理は金貨案件だ。素材だけでもおかしすぎる。小鹿のステーキ? サクランボのジャム? ありえない!」
「そうですか? ホワイトベアの手より一般的かと思ったのですが」
「あるのか?」
「もちろん」
聞かなかったことにしよう。教師はそう判断した。いや、実家には伝えよう。
「銀貨5枚でいいか?」
「は?」
レイシアは何を聞かれているか分からなかった。
「この料理の価格、金貨1枚でも足りないが授業の一環としてはこれ以上払えない。それでいいか?」
「はい? いいですけど」
教師は教卓の前に座った。生徒たちは教師と料理を見て「ゴクリ」と唾をのみ込んでいた。
スプーンを手に取り、スープをすする。
「うまい」
心からの称賛の声が上がった。そこから怒涛の勢いで卓上の料理を貪りつくした。
「うまい、うまい、うまい! なんだこの料理は!」
「芋を中心にしたコース料理です」
生徒たちのお腹が鳴る。つばを飲み込む音があちらこちらで響き渡る。
そんな生徒たちを見て、レイシアが大なべを出した。
「芋とボア肉のスープなら、まだありますが」
「「「売って!!!」」」
「10杯分しかありませんが」
お皿に10杯盛りつけて並べた。生徒たちで
競りに負けた生徒の恨みがましい目を受けながら、勝者はスープを飲んだ。
「「「おいしい!!!」」」
とろけるような顔でスープを飲み干す10人の生徒たち。
「他にないの!!!」
食べられなかった生徒が悲痛な声で叫んだ。
「ありますよ」」
「「「あるんかい!!!」」」
「握り飯なら、5人前が」
また競りが始まる。
結局、そんなことがサラダ、ステーキ、クッキー(ジャムは変更された)と続き、レイシアは金貨7枚以上の儲けを手にすることになった。
そんな中でも授業は続けられた。
「たかが芋。レイシアはそれを料理にすることでここまで価値を上げた。商人として最高の結果です。もちろん、最初にカゴとハンカチでラッピングしたトミーも素晴らしい発想でした。この様に、たかが芋の値段はいくらでも上げることが出来るのです。貴族の子女も同じです。たかが小娘であっても、高級なドレスを身にまとい、高価な宝飾品を付ければ、りっぱなレディ。そう、あなた達でも立派な紳士淑女に見せることは可能なのです。この料理のように」
教師は空になった皿を指差しながら言った。
「商人はドレスを売る。それはドレスというものを売るだけではないのです。夢と希望と未来への可能性を売るのです。貴族の女子が着飾るのは、未来への投資なのです」
レイシアは、「未来への投資」という言葉に感銘し、理解をすることが出来た。
(そうか。そう言う事だったのね。投資なら理解できた。売り物ならパッケージに気をつけるのは当たり前ね。ラッピングなんだ)
理解が独特すぎたが、大きくは間違っていない。レイシアは、積みあがった銀貨と新しい知識に、(この授業最高!)とホクホクしていた。
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