ダンス基礎
王子の登場に合格を決めたお嬢様達が騒ぎ始めた。
「「「私達にも授業を受けさせてください」」」
しかし教師は無慈悲に言った。
「あなた達は基礎どころか応用も出来ています。今さらこの授業で学ぶ事はありませんよ。こうなることが分かっていたので、試験を先に行ったのです」
そしてさっさとお嬢様方をホールから出すと、生徒たちにダンスの立ち方の基礎を教えた。
「はい。アルフレッドとジャスミンを見て。男性は右手、女性は左手を相手の背中に回して。そう、そうしたら、もう一方の手を取り合うの。そうしたら、男性は軽く、女性は思いっきり背中をそるの。アルフレッドとジャスミン、見せて。そうね、女性はこのくらい大胆に。この時の注意点は、女性はヒールに体重をかけない事ね。ヒールに力をかけると折れて転ぶわよ。背中に回したパートナーの手を信じて背中を反るのよ。ほら、ジャスミンのこの曲線美を目指しましょう」
組み合ってモデルと化したアルフレッド王子とジャスミン嬢。動きがないシルエットだけでも美しい。皆がため息をつきながら見惚れていた。
「はい、組んでみなさい」
教師2人が、1年生の姿勢を見て回っては指導をしている。レイシアは独り、王子とジャスミンの姿を見て思った。
(あの姿勢、飛んでくるフォークを避ける練習で仕込まれたわ。メイド歩行術がこんなところで役に立ちそう! 背中を反るのは出来そうね。でも問題はこの靴。爪先がこの細さでは……。絶対痛い! 力が入らないと思う。今でも痛いのに。まあいいわ。支えがないから背中曲げられない事にしましょう)
そんな感じでやっている振りをしながら足を気遣うレイシア。教師が気づきレイシアに寄ってきた。
「一人ではできませんよね。誰かパートナーチェンジを」
レイシアに視線が集まる。だが、誰もかかわろうとしない。かかわった時のリスクが読めないから。
「誰かいませんか? いないならこちらで指名……」
「では俺がお相手しましょう」
王子が教師に近づき名乗りをあげた。そしてそのまま教師の隣にいたレイシアの背中に右手を回し、左手でレイシアの右手をつかんだ。
「ンなっ」
レイシアはビクンと体を固まらせた。
「ああ、彼女とは同級生。同じAクラスで仲良くさせてもらっている。いくつかの講座も一緒に受けているので気心は知れている。この授業のパートナーとしては問題ないだろう」
爆弾発言! そう、王子の口から仲良し認定発言をされたレイシア。周りの目が痛い。
1年生たちもどうしたらいいか分からない。貴族としては無視が正解のレイシア。しかし、王子と親密なレイシア。評価の基準が分からなくなった。
「では、アルフレッドに任せましょう。よく教えてあげなさい」
王子は笑顔で教師に応えた。
「何で王子がいるのよ」
「アルフレッドだ。名前で呼ぶ約束だろう。それよりレイシア、君はどうせダンスなんかしたことないんだろ」
「そうね、ダンスは習ってないわ」
「俺がここにいるのはダンスの成績が1番だからだ。お前も冒険者の補助員やるんだろ」
レイシアはそれもそうかと納得した。
「体重はつま先にかける」
「靴が合わないのよ。指が曲がっていたいの」
仕方がなしに現状を訴えるレイシア。
「そうか。しかし重心を整えなければ始まらないぞ。ここは戦場だからな」
「何で! ダンスでしょ。どうして戦場なのよ」
「戦場さ」
王子が真顔で言った。
「貴族の戦いは社交界。ダンスも踊れなければ即敗者として嘲笑の的になる。お前は平気かもしれないが、お前の弟にも影響するぞ」
「弟に?」
「ああ。家名を汚すとはそう言う事だ。一人の失態が一族全員に及ぶ。それが貴族。それが社交界だ。お前には戦場より狩場と言った方が通じるな。魔物がうじゃうじゃいる平原で、足が痛いからと剣もかまえず棒立ちするのか、レイシア」
王子の言葉に覚醒したレイシア。戦闘モードに入れば、切り傷や怪我など当たり前。足の痛みなど気にしてはいられない。
「生ぬるいぞ、レイシア。俺を倒す気で来い!」
「はい!」
ただならぬ緊張感を
無駄も隙も無い機能美のような立ち姿の美しさに、まわりの生徒は目が離せない。
「はいはい皆さん、ちゃんと組み合って」
教師の言葉に我に返る生徒たち。
「では、これからステップを踏んでもらいます。ジャスミン、ブラウン先生と初歩のステップを踏んでみて」
パートナーをレイシアに取られたジャスミンは、それでも指導役としてきっちり仕事をこなす。男性教師と初歩のステップを優雅に、そして気品を保ちながら踊り上げ、素晴らしいお手本を見せた。
「
1・2・3、1・2・3、と女性教師の手拍子と声が響く。慣れている者からステップを踏み始めるものが出てくる。レイシアはどうしていいか分からない。
「ダンスも決闘も同じだレイシア。剣先を合わせるようにつま先の距離を保つ。相手が前に出たら下がる。下がったら出る。集中して合わせるんだ。どこに動くかは背中を支えている手の動きで感じるんだ。お前ならできる。ダンスという戦いに勝て」
レイシアにしか伝わらないダンスの攻略法を伝える王子。1年間戦い続けた者同士だからこそ分かる間合いと呼吸。そこに優雅さなど必要がない。無駄のない足さばきは、メイド歩行術の円舞と通じるものがある。王子のリードに完璧に合わせたステップは、ジャスミン嬢の優雅さとはまた違う刃物のような鋭さと切れ味が感じられた。
「素晴らしいわ、レイシア! アルフレッドのリードに寸分たがわず合わせる能力。それどころか、リードを奪い返すようなシャープな動き」
先生はダンスを褒めたが、レイシアには聞こえない。そう、戦いに於いて「受け」だけでは勝ち目がない。レイシアにとってはダンスから演武に変わっていった。真剣勝負だからこそ足の痛みも忘れられる。
「おい! 足を踏もうとするな。ワザとだろう」
そう、レイシアにとってこれは戦い。それならばと王子も相手を始める。
「リズムは外すな。そう言う競技だ」
殺気と緊張感がホール一面に広がる。とまどう生徒たちの間を風のようにすり抜けながら、王子とレイシアは踊るように戦う。いや、踊る。
やがて曲が終わりを迎えた。レイシアはターンを決めて止まった。そう、もしマグロ包丁を持っていたら遠心力でクマの首を一撃で切り落とせそうなターンを決めてダンスは終わった。
しーん、と静まり返るホール。生徒たちも先生も、この2人をどう扱えばいいか考えあぐねていた。
「強くなったね、アルフレッド様」
「いや、こちらのフィールドで互角では俺の負けだ」
握手を交わす王子とレイシア。真に認め合うライバル同士の友情は、一般生徒には伝わることがなかった。
(((っていうか、ダンスだよね。何?強くなったって)))
……ヤバいものを見た。近寄ったらだめだ。1年生は王子とレイシアに対して畏怖の目で見ることになった。
そして、ダンスの授業は終わりを迎えた。
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