靴屋

 月曜日のレイシアの授業はこれで終わり。貴族コースの中には社交基礎や宝飾基礎、テーブルマナー、会話術など多彩な授業があるのだが、レイシアは最低限しか取る気がない。他の学生が教室に移動するのを横目に、さっさと更衣室に入った。


「足が! 指が! サチごめん、指ほぐして!」


  靴をポーンと放り投げて、レイシアはイスに座った。サチは長靴下を脱がすと、足裏から指のマッサージを始めた。


「うわっ、痛いでしょ、これ」

「うん。いたた! うん、続けて」


 ポエムが白い目で見ながらも、マッサージは続いた。



 足もほぐれ制服に着替えたレイシア。


「やっぱり普段着が一番ね」


 とトントンとジャンプをし、体をひねったり肩を回したりした。指を組み大きむ伸びをした後、すーはーと深呼吸した。


「私にお嬢様は無理!」

「レイシア様は元々お嬢様なのですよ」


 ポエムがあきれながら言った。


「まあ、レイシア様ですし」

「そう、私だしね」


 いいのかそれで? と思いながら「では、靴を注文に行きますよ」とポエムはこの場を締めた。



 王都の貴族街の靴屋に来るのは二度目。小さい頃お祖母様に連れていかれたお店だ。馬車を降りたポエムが先導し、靴屋の店主にレイシアを紹介する。


「まあ、あの時の。アリシア様のお嬢様ね」


 店主はレイシアを見て懐かしそうに言った。


「レイシア・ターナーです。覚えていてくれたのですか?」

「ええ、もちろん。具合を悪くして領地に帰られたと聞いていたので心配してましたの。学園に通う年になられたのですね。本当に他人の子供は成長が早いわね」


 ニコニコと話す店長に、レイシアの緊張もほぐれていった。


「それで? 今日は靴の注文かしら。確かあなたの指先、以前は貴族女性の指にはなっていなかったわよね。どれ位矯正されたかしら。サイズ測らせてもらってもいい?」


 店長はそう言いながら、レイシアの足を測量した。


「まあ。あまり足は鍛えていなかったのね。働き者の足のままだわ」


 レイシアは、素直に相談した。


「その事なんですけど……、私貴族の足になりたくないんです」

「え?」


 レイシアは5歳からの生い立ちを隠すことなく話した。特に、アリシアがなくなって貴族教育を受けていない事。奨学生で貴族になれない事。平民として生きていくために足の形は変えたくない事。


「だから、この足は私の大事な足なんです。動きやすくないと冒険者としても困るし、メイドとしても困るんです」


 店主は共感性の高い人だった。レイシアの話を聞いて涙を止めることが出来なかった。


「ごめんなさいね。んぐっ! アリシア様のお嬢様がそんな……、えぐっ、大変だったのね」


 ひとしきり泣いた後、レイシアの足をもう一度触りまくって言った。


「任せなさい。私があなたの最高の靴を考えてあげる。貴族の靴としてもおかしくないような、ステキな靴を考えてあげる。そうね、一から作るからかなり時間がかかるけど待ってもらえるかしら。いい?」


 店主の言葉にレイシアはうなずいて任せることにした。

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