女性貴族基礎学講座(実践)

 女教師からのひどい紹介を受けたレイシアは、貴族のお嬢様方から距離を置かれた。もともと関わりのない貴族社会。さらに、お祖母様の根回しで「奨学生のレイシアという少女には関わるな」と親から言われていた子爵家、男爵家の娘がいたためさらに孤立状態。それを見た法衣貴族の者達は、レイシアに近づくのはリスキーと判断した。


 お昼休み、お嬢様方は貴族専用の高級な学食へ行き、法衣の一部もそれに付いて行った。ドレスを着て一般の学食に行けば浮くしみじめな感じになる。高級な学食へ毎日はいけない法衣貴族の娘は、東屋でお弁当を広げながらお互いに情報交換を繰り広げている。


 レイシアは、どこにも混ぜてもらえないので、サチとポエムと一緒に更衣室でランチをすることになった。更衣室に入った瞬間、レイシアはポエムに聞いた。


「靴脱いでもいい? ポエム」

「第一声がそれですか! まあいいです」

「ありがとう!」


 レイシアは靴を脱ぐと足の指を広げたり閉じたりして、開放感を味わいながら指のストレッチをした。


「そのまま固めた方が楽らしいですよ」

「ポエムの靴は先丸いじゃない」

「メイドですから」


 レイシアは頬を膨らませポエムをにらんだ。


「痛いのよ、これ。見た目より使いやすさが一番ね」

「レイシア様らしいですが、貴族としてはダメですね」


「そんなに靴が酷いのですか?」


 サチが聞くとレイシアは「履いてみる?」と靴を見せた。


「ここのカーブでね、親指と小指がギューって折り曲げられるっていうか、押しつぶされるっていうか、締め込まれるの。得も言えない拷問よ」


 サチはイメージしてみたが、いまいち分からない。ポエムが、「帰りに靴屋に寄りましょうか」と話をまとめた。


 そんな感じで三人は、のほほんとしたランチを行っていた。



 午後からは実技の授業。教師は変わったが、参加者はほぼ同じ。場所は広めのホール。お嬢様たちは前にかたまり、法衣の生徒たちは遠慮そうに後ろでかたまる。

 レイシアは、その中間あたりで一人佇んでいた。


「はい。この授業は立ち居振る舞い、つまり、立ち姿勢、歩き方、座り方、目上の者への対応の仕方、下の者への対応の仕方などの基本を学び、後期ではお茶会での振舞い方や夜会でのマナーを体験してもらいます。立ち居振る舞いは、高位貴族のお嬢様方は小さい頃から慣れているとは思いますので、法衣、あなた方がどこまで出来るかが中心です。出来るのでこの授業を受けなくてもいい、というお嬢様方は今からテストをして合格証を出しますので、遠慮なく申し出て下さい」


 侯爵令嬢と伯爵令嬢の全員と、子爵令嬢の4人がチャレンジをし、子爵令嬢2人以外は早々とホールから去っていった。


「では、今期はここにいる者たちで行います。見ての通り法衣貴族が多いので、法衣の皆さんは遠慮せずに参加してください。この授業はどちらかと言えば貴族教育を受けていないあなた達のためにあるようなものですから」


 教師はそう言うと、固まっていた法衣貴族の生徒たちを距離が開くように整列させた。そして貴族令嬢を向かい合わせで並ばせてその間に教師は立った。レイシアは貴族側の真ん中辺りに立たせられた。子爵としては下で男爵よりは地位が高いので。


「ではまずは立ち方から。立っているだけでも貴族令嬢としての気品を保たなければいけません。ヒール側に体重をかけてはいけません。ヒールが痛まないようにつま先に80%以上体重を乗せましょう。つま先は30度程度開き、軸足の土踏まず辺りにもう一方の踵を当てるように立ちましょう。手はこのようにおへその下辺りでくむように。はい、貴族のお嬢様方を参考にきれいに立ってください」


 さすがに、男爵以上のお嬢様達。立っているだけでも気品というものが備わっておる。レイシア以外は。


(なに? メイドの立ち方とも、調理中の立ち方とも違う。つま先に体重を掛けたらさらに指が! いたたたたた。踵を土踏まずに? どうするの? 分かんないよ!)


 痛みと理解不足でついついメイドの立ち方になるレイシア。さすがに教師は誤魔化せない。


「あらあなた、おかしな立ち方ね。まるで使用人のような。あなた、膝曲げているでしょう? 膝をのばす!」

「はい!」


 レイシアは教師の声に反応し、反射的に膝を伸ばした。指元までの足裏に乗せていた体重が指先に一斉に移動する。靴からの締め付けが一気に高まる。小指! 小指が~!


(うぎゃぁぁぁぁぁー)


声に出したいのを押さえ、腹筋で体勢を維持し、なんとか立っていた。


「靴があっていないのかしら? 子爵よね、あなた。そうね、その感じで立っていなさい。あなた、この子が体勢崩さないように見ていてね」


 隣の男爵令嬢に命じた教師は、法衣の生徒に指導にいった。本来的には優しい指導なのだが、今のレイシアにとっては鬼のような無慈悲な対応に思えた。


 このまま30分立ち続けることになった。


「はい。結構です」


 教師がそう言うと、法衣貴族の生徒の姿勢が崩れた。もちろんレイシアも。

 しかし、貴族のお嬢様たちと、一部の法衣の生徒は姿勢を崩さなかった。


「はい、今姿勢を崩した者、こちらを見なさい」


 教師はお嬢様たちに注目させた。


「このように、意識せず普段から美しく立つことが出来るものだけが、社交界にデビューできるのです。残念ながら、貴族のお嬢様でも数人崩れている方もおられますが。今の立ち方は特別な立ち方ではないのですよ。普通の立ち方です。毎日、いえ、常にこの立ち方を意識して訓練するように。これはゴールではないのです。スタート地点なのですよ」


 教師はそう言うと授業を終えた。

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