女性貴族基礎講座(座学) 自己紹介

 女性の貴族講座。ドレス姿の男爵から侯爵までの土地持ち貴族の娘達が優雅に立ち話をしている。それが教室の全面三分の二のスペースを使っている。


 今年も王家、公爵家はいない。侯爵2 伯爵4 子爵6 男爵7 計20名。伯爵、子爵家で、王子誕生に合わせて家族計画があったようだ。もちろん侯爵家の2名の親は王子の婚約者の座を娘に狙わせている。公爵家がいないのは、公爵家が四家しかなく、タイミングが合わなかったから。こればかりは仕方がないし、王子の母が公爵家の一つから出ていて、祖母が別の公爵家から出ているので、実質残りの二家からしか嫁がせられないから。他の血を混ぜないと、そろそろヤバい状況だったりするのが実情。そんな中で、彼女らは派閥を作り上げながら自らの存在感をアピールするために頑張らなければならない。


 彼女たちには、当然のように個別の机と椅子が用意されている。貴族の振る舞いを学ぶには、ゆったりとした空間で、またそれなりの設備でなければ貴族としてふるまうことは出来ない。


 教室の後ろの三分の一。そこは4人掛けの長机が混み込みに並んでいる空間。舞台を眺める客席のような感じに階段状にせり上がっている。そこには大勢の法衣貴族の女子がドレスを着ておとなしく座っている。

 彼女らは新入生の法衣貴族。前にいるお嬢様方とは扱いが変わる。立場的には聴講させて頂く感じだ。もちろん単位はもらえるし、お嬢様2人以上の推薦があれば前に来ることもできるのだが。


 この座り位置は、一年制のオリエンテーションで貴族コースを取ったものには伝えられているのだが、残念ながらレイシアは聞くチャンスがなかった。



 授業開始のぎりぎりに、レイシアは教室に着いた。初めて来る貴族コースのエリア。レイシアは、貴族専用の扉から中に入った。


 こんな時間に入室するものなどいない。なぜなら早く来てはおしゃべり噂話という親交を深めるのが貴族。隙あらば貴族に取り入ろうと会話を盗み聞くのが法衣貴族。その気概がない者はそもそもこの授業を受けることはない。


 その気概がないのがレイシアなのだが。


 ギイィーと扉が開くと、教師が来たのかと視線が一斉に入り口に集まる。そこには、小柄だが仕立ての良い、最新の流行に添った上等なドレスを着た、レイシアがいる。

 流行は繰り返す。所詮考えられるパターンは限られているのだ。今の流行を作り出しているのは、母アリシアが在学中に同期だった法衣貴族の子女。その時憧れたドレスのイメージが頭にこびりついている者たちが作った流行。買い与える保護者の受けもよい。ドレスの流行はそんなものだったりする。

 金に糸目をつけないお祖母様が指示して作らせたアリシアのドレスは、時が経ってなお古さを感じさせることがないきらめきを放っていた。


「あなたどなた? 新入生のオリエンテーションにはおられませんでしたわね。法衣の方かしら? 法衣でしたら入り口が違いましてよ」


 立場の高い侯爵家の一人がレイシアに話しかける。お嬢様から見ても、このドレスは立派にみえる。法衣が着てよいものには見えない。なにかあるとまずいので丁寧な話し方で聞くことが出来るのは、やはり高位の爵位のお嬢様だからだ。

 レイシアは、丁寧にカテーシーを決めてから名乗った。


「初めまして。クリフト・ターナー子爵の娘、レイシア・ターナーと申します。皆さま、よろしくお願いしますね」


 子爵令嬢と聞いた周りからはどよめきが起こった。



「あの、なんで新入生オリエンテーションにおられませんでしたの?」

「私、2年生ですから」


 またしても会場中からどよめきが上がった。

 その時、気難しそうな女性の教師が入ってきた。



「何をしているのですか。席に着きなさい。ああ、貴族の皆様はこちらへ。せっかくですから自己紹介をいたしましょうか。法衣はお嬢様方の名前と爵位を覚えなさい。失礼のないように振舞うのです。そしてチャンスをつかめるように頑張りなさい。では高位の者から始めなさい」


 貴族同士の自己紹介はオリエンテーションで済ませてある。法衣貴族に向かって身分の違いを知らしめるため、趣味や興味あることを伝え取り入るヒントを与えるため、派閥をはっきりと教えるため、そんな意味合いの自己紹介を始めた。

 身分が下がり、子爵家のお嬢様まで来た。レイシアが飛ばされ、男爵令嬢の名前が教師から発せられた。


 男爵令嬢は一瞬とまどってレイシアを見たが、教師にうながされるまま自己紹介を始めた。

 男爵令嬢の紹介が終わった後、教師はレイシアの名前を呼んだ。


「では、最後に特別枠です。レイシア来なさい」


 特別枠という言葉に、ざわめきが起こる。レイシアは痛む足を気にしながら教師の隣に立ち自己紹介を始めた。


「子爵令嬢のレイシア・ターナーです。派閥は……特にありません」


 ざわめきが大きくなった。派閥のない貴族? 後ろ盾がない子爵なぞ存在できる訳がないのに。


「趣味も特にはありませんが、特技ならいろいろあります。料理とか狩りとか得意です」


 お嬢様が料理? それだけでもありえないのに、狩り! 理解が及ばな過ぎてざわめきが止まった。信じられないような目と目と目。たくさんの冷たい視線がレイシアに向けられる。


「はいはい。よろしいですか。レイシアは子爵令嬢ですが、領地が7年前に災害に合い借金がかさんでいるため現在は奨学生として学園に通っております」


 靜かだった教室が一気にどよめいた。


「お静かに!」


 教師が教卓を指し棒のようなムチでパシンと叩くと、一気に鎮まった。


「本来はこのコースを受ける権利はないのですが、特別に受けることになりました。私は法衣と同じ扱いで良いと言ったのですが、学園長の采配で貴族として受けさせることになりました。しかたがないので、レイシアは一番後ろの一番端にすわるように。いいですね」


 心無い教師の言葉が終わり、貴族のお嬢様たちの自己紹介が終わった。

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