ドレスアップ
「サチさん。これがコルセットよ。使い方分かる?」
「いえ、さっぱり」
やっぱりね、という感じでポエムは首を傾げた。
「なにをやっているの、ターナーのメイド教育」
「女性の貴族がレイシア様だけですからねぇ。平民になるって決めてからは貴族教育放棄していましたし。大体、アリシア様のドレスや貴金属、全部オヤマーに引き上げたから、華やかな衣装なんてないんですよ。その他の宝石だって、売れるものは売ってしまったからお嬢様に申し訳ないって、うちのメイド長が嘆いていましたよ。物がないから教えられないって」
想像以上に貧困していたのかと、ポエムは頭を抱えた。
「分りました。ではこれから覚えて下さい。私が教育して差し上げましょう。いいですね」
「……はい」
分からないことは教えてもらわなければ仕方がない。サチは仕方なく返事をした。
「ではレイシア様には靴下を履き、シュミーズを付けて頂きます。シュミーズとはこの下着の事です」
レイシアに靴下とシュミーズを着せると、靴を履かせようとした。
「足のサイズはこのくらいだと思うのですが、いかがですか?」
レイシアはつま先が細くなった靴に足を入れたが、どうしても形が合わなかった」
「では、こちらは?」
いくつ変えても入らない。先が細いから。
「困りましたね。ブカブカでも入らないとは。つま先を広げ過ぎています。縮めて無理やり入れて下さい」
座っているレイシアの足を取り、無理やり靴に入れ込んだ。
「痛い痛い痛い!」
「我慢してください。はい、入った」
「小指が曲がるー、親指がぁー」
「お嬢様方は、みんなこうして立派な足を作ったんです。いままでサボっていたので頑張って下さい」
何とか説得して、靴を履かせることに成功した。
次にポエムはサチにコルセットを渡した。
。
「これがコルセットです。これでウエストを締め上げます。まずはこうしてウエスト部分に巻きます。やってみなさい」
ポエムが見本で巻いたコルセットを外し、サチにつけさせた。
「こうですか? 細くなりませんが」
「いいのです。ここからが本番です。レイシア様息をはいてお腹をへこませて下さい。サチはこの紐を持つ。はい」
レイシアが息を吐いたのを見計らって、ポエムは「引け!」と叫んだ。
サチが思わず紐を力いっぱい引く。ポエムもサチと逆に引く。締め上げられるウエスト。息ができないレイシア。
「ウゴホゥ」
息がもれる音を出して苦しむレイシア。ウエストが締まりすぎて息ができない。
サチが手を離すと「ゲホゲホ」と倒れ込んで呼吸を再開した。
「ここまでは出来るとして、まあもう少しくらいゆるくてもいいでしょう」
ポエムが無慈悲に言った。
「なんですか、これは」
レイシアがポエムに言うと、ポエムは「コルセットです」と素で答えた。
「奥様、お嬢様は、皆様こうしてウエストを絞っているのです。大人のドレスには必要なものですね」
そして、ポエムは一度コルセットを外しシュミーズを脱がせると、お腹の状態を確認した。
「初めてですしだいぶ絞ったので跡が付くのは仕方がないのですが」
お腹をさすりながらレイシアに、息を吐かせたり、お腹に力を入れさせたり状況確認をした」
「はあ。他のお嬢様であれば、ぷよぷよのお腹なので絞るのも力技でいけるのですが、レイシア様には贅肉というものがないのですか? なぜお嬢様のお腹が腹筋で占められているのですか! これでは呼吸困難になっても仕方がないじゃないですか」
野山駆け抜け食材を取り、魔物と戦い、メイド修行に明け暮れた幼少期。王都に来ても基礎訓練は欠かさない。おまけに質素な食生活(味は最高)。どこに贅肉がつく余裕があるというのだ?
「まあいいでしょう。レイシア様、もう一度締めますよ。今度は本番です。息を吐いて。サチ引っ張って」
レイシアは息を吐きながら腹筋に力を込めた。サチは遠慮がちに引っ張ったが、腹筋に邪魔され全然縮まらないコルセット。ポエムは思いっきり引っ張り、サチもバランスを取るため、結果思い切り引っ張ることとなった。
どんなに力を込めて引いても、腹筋に邪魔される。疲れ果てたポエムは諦めてコルセットをそのまま固定した。
「はあはあ。まあ、元から細いので今はこの程度でもいいでしょう。だんだん細くしますからね」
諦めたポエムは、次にクロノリンを指差した。
「何ですか、この枠? でかい鳥かごみたいな」
「でかい? 大きいですよサチ。言葉遣いが乱れてます。これはクロノリン。スカートを大きく広げるために腰に付けるものです。布が貼ってあったらパニエと言います」
「「これを腰に?」」
レイシアとサチの声が揃った。想像がつかない半円形の大きな骨組み。
「これを腰に固定します。いいですね」
サチに命じ、二人掛かりで腰にクロノリンを装着させた。その後、ポエムが枠の形を調整する。
「スカートに合わせ広さと形を調節します。それぞれきれいな形があるのでその都度覚えるように」
サチにやり方を説明しながら調整を終えると、ペチコートを履かせ、ドレスを着させた。
そして、いくつかの装飾品を付けさせて、髪をセットした。
「肩がスース―する服ですね。違和感が半端ないです。もう、ドレスを着るだけで疲れたよ」
「それが貴族令嬢ですよ」
レイシアは体をひねったり、前屈しながらドレスを着ても動けるようにバランスを調整した。
「この服じゃナイフも仕込めないし、仕込んでも取れないわ」
「スカートの中に暗器は仕込まないでください」
「おまけに靴が、いたたたた」
「そうですね。靴はもう少し足に合わせたものを作らないといけませんね。それまでは我慢です」
さすがに靴は体に合ったものでないといけない。痛がるレイシアを見ながら、それでもポエムは自分の仕事、レイシアをお嬢様に仕立て上げる事に力を注いだ。
サチは複雑なドレスの構造を理解しようと頑張った。
レイシアは、いつもとはバランスの取り方が違うドレスと靴に戸惑っていた。
三者三様の思いを持ちながらも、レイシアが貴族としての生き方を学ぶために進まなければならない。
ポエムは、更衣室のドアを開け、レイシアに微笑んで言った。
「では、行ってらっしゃいませ。貴族コースの授業へ」
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