第二章 二年生前期授業

更衣室

「結局、制服で行くのですかレイシア様」


 オンボロ女子寮の部屋に迎えに行ったサチは、レイシアの姿を見て言った。


「今日から貴族コースの授業ですよね」

「いいのよ、サチ。今日の1限目は座学だから。それに今日は初日。無難が一番だと思わない?」

「そうなんですか?」


 基本的に、学園の事は分からないサチ。レイシアの隣の空き部屋には、お祖父様から送ってこられたドレスや靴、小物がふんだんに置いてあった。


「こういうの着たい? サチ」

「いえ、全然」

「でしょう」


 残念な主従。


「ありえません。レイシア様着替えますよ」


 そこにポエムが入ってきた。ポエムはオマリー家の馬車でレイシアを迎えにきたのだ。


「レイシア様。もともと男爵以上の貴族は専用の門があるのをご存じですよね。馬車で出入りする門です」

「はい?」


「貴族の受ける教育と、法衣の受ける教育は全然違うのです。1年生の最初に説明があったはずですがお忘れですか?」


 レイシアは1年生の最初の頃を思い出した。あの時は……。


「あの時は、私が奨学生で平民になるって宣言したから、詳しい話は出来なかったような。それに、制服を着て歩いていたから門が沢山あるなんて知らないし……あっ、そう言えば入学式の日お祖父様と馬車に乗って逃げた出口は別の門でしたね。あそこの門が貴族専用とか? 来客用の門だと思ってた」


 ポエムは頭を抱えた。


「はい。そこが貴族の通る門です。馬車でしか出入りすることがないので、確かにレイシア様には無縁だったかもしれませんね。今日からは馬車で送迎いたします。ドレスに着替えて下さい」


 レイシアは開けていた木窓の外をみて、馬車があるのを確認した。


「ポエム。ありがたいけどここの下町にあの立派な馬車は不釣り合いだわ。そして、

私が立派なドレスを着てうろうろするのもね。平民街には平民街のマナーがあるの。私が奨学生でこの寮にいる限り送迎は無用です。いいですね」


 レイシアが久しぶりにお嬢様らしくポエムに対応した。言っていることは全くお嬢様らしからぬ内容なのだが。


 ポエムも、お嬢様の命令として受け取った。しかし、内容があまりにもおかしい。


「とりあえず、今日の所は馬車でお願いします。明日からのことはオズワルド様含め相談させていただきます」

「しょうがないわね。今日は馬車に乗ります。でも制服は譲れないわ。この町に貴族のドレスは似合わなさすぎます」


 ポエムは仕方がないとあきらめ、「では、学園で着替えましょう」とドレス一式を隠れているメイド達に命じて馬車に積み込んだ。



 「ドレスに」「制服で十分」と言い合いし、今日は初日だからと制服のまま授業に出ることにしたレイシア。貴族専用の門をくぐると、そこは学園でもハイソな空間。高みを目指す法衣の子女もいるが、もともと貴族として生活している者には、ある種のオーラが輝くようにまとわりついている。


 生徒たちは煌びやかなドレスを纏い、数人でまとまっておしゃべりをしてたり、移動している。有力者と取り巻きだろうか。


 レイシアは、今までいた法衣コースや騎士コースの雰囲気の違いに引いていた。


「ここどこ?」

「学園です。これが本来あるべき学園の姿なのですよ。去年1日でリタイアしたレイシア様は覚えていないかもしれませんが。ここで、貴族は貴族の在り方を学び、女性や次男以降の男子は婚姻先を探すため有力な異性を探し、法衣は異性探しをしたり、貴族に縁を繋いで成り上がろうと必死に頑張っているのです。ですから、制服で登校している方などレイシア様以外存在していませんよね」


 用もないのに貴族と平民が行き来することがないのは、街中でも学園でも一緒。すむエリアが違えば、出会うことも見ることもない世界。


「レイシア様。先ほどあなたは馬車やドレスは平民街には似合わないとおっしゃいました。その通りです。それと同様に制服は貴族コースに似合わないのです。さあ、更衣室に参りましょう。ここではドレスを着ることが暗黙のルールなのですから」


 レイシアは、ポエムの言葉に従うしかなかった。



 授業ごとに着替えがあるため、更衣室はあちらこちらにある。しかし、貴族の集まるこのエリアの更衣室は法衣の男女別とは違い、一人ひとりにあてがわれた個室だった。


「レイシア様は、子爵ですが奨学生ですので、法衣貴族扱いの部屋しかいただけませんでした。法衣貴族がこの部屋を貰うためには、学費を上乗せしないといけないのですよ」


 そう言う関係もあって、奨学生は本来貴族コースに行くことは叶わない。貴族コースは何かとお金がかかるし、学園への寄付も立場でどんどん上がっていく。それは、学園側でもそれなりの対応やサービスを提供しなければいけないから。

 奨学生のレイシアが、法衣クラスの更衣室であっても無料で提供して貰えるのは本来的にはありえない。だが教授会の方針で貴族コースを無理やり押し付けられた立場なので、授業のスムーズな進行のために必要な事だった。


「めちゃくちゃ広いじゃん」


 サチが部屋にはいって思わずつぶやくと、ポエムから「言い方!」とたしなめられた。


「狭いですよ。こんな狭さでは置いておくドレスの数が限られます。子爵ですとドレスルームが付いて当たり前なのですよ。内装もお粗末ですし。さあ、荷物をいれますわよ」


 サチに命じてドレスを部屋に入れた。学園に入れるのはメイド2人と御者のみ。三人で運び込んだ。レイシアも手伝おうとしたが、ポエムに「お嬢様が荷物運びをしてはいけません」と怒られた。


「さあ、着替えますよ。サチはドレスについて何も知らないようですから、私の指示通り動くように。さあレイシア様制服を脱いでください」


 レイシアは、自分で着替えをしているので制服を脱いで裸を見せるのがはずかしかった。


「貴族のドレスは一人では着られないのですよ。子供の頃のドレスとは構造が違うのですから」

「そうは言っても……、ねえ」


 恥ずかしがるレイシアを見て、ポエムはため息をついた。


「貴族のお嬢様は、小さい頃から着替えさせてもらって、それが当たり前なので恥ずかしくもなく裸になれるのですが」


 そして少し考えてから言った。


「そうですね。レイシア様、ここを温泉だと思ってください。温泉では服は脱ぎますよね。ここは温泉の脱衣室です」


 温泉か。それなら確かに裸よね。無理やりそう思い込もうと頑張って、レイシアは制服を脱いだ。

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