制服は万能だけど

「つまり、私が貴族コースを受けなくてはいけないのは、かなりの嫌がらせが入っているのですね」


 レイシアが嫌そうに言うと、お祖父様は「ああ」と頷いた。


「貴族の世界はそんなものだ。好意だけでは進まないよ」

「私はドレスの一着も持っていないのですよ。今日も中古屋に行きましたが最低限のドレスや靴、宝飾品を買うのに金貨30枚必要と言われたのですよ」


 レイシアが愚痴を言うと、お祖父様は驚いて言った。


「金貨30枚で一式そろえるだと。そんなはした金で集めた物など安っぽいものだ。法衣貴族の子女が成り上がるための程度のものしか出てこないぞ」


 レイシアは、まさか安いと言われると思ってもいなかったので、お祖父様の言葉に驚いていた。


「レイシア、お前いつも制服で来ているが、ドレスはないのか?」

「はい」

「どんな服を持っているのだ?」


「そうですね。出歩くときは制服でいなさいと寮母さんに言われているので制服をきています。後はメイド服と、狩りに行くための

冒険者用作業服。料理人の作業服と……。そんなものかな、サチ」


「そうですね。ターナー領に帰るときは制服を着てはいけませんから、ワンピースとか冬用のコートとかは用意しておりますよ。お忘れですか?」


「コート? それは貴族用か?」

「いいえ。平民街の店で買ったコートでございます」


 お祖父様はあまりの惨状に頭を抱えた。


「レイシア。TPOって知っておるか?」

「もちろんです。時と場所と状況に応じて、身だしなみや言葉遣い、態度をかえることですよね」


「そうだ」

「メイド仕事の時はメイド服とメイドの口調。『かしこまりました』とか『お伺いいたします』とかですね。料理人時は『へい、焼いとくんですね。分かりやした』とか」


「違う! そうだが違う! なんだ、その料理人の話し方は」

「TPOです」


「レイシア。お前は仮にも子爵令嬢だ。そんな言葉遣いはしてはならん」

「え? 料理人の時だけですよ」

「使用人のまねごとなどするな! 男手ひとつで育てるとこうなるのか? わからん」


 お祖父様はレイシアの斜めっぷりに、どう言えばいいのか悩み始めた。


「いいか、ドレスは必要なものだ。お前は制服に頼り過ぎている」

「制服に頼りすぎる、ですか?」


「ああ。学園の制服は特別だ。それを着ていれば学園の生徒、最低でも法衣貴族の子供以上の立場にあるものだと分かる。一種のフォーマルウエアだ。だがそれは、最低ランクのフォーマットでもある」

「はあ」


「それを着ているから、お前は貴族街をおかしな目で見られずに歩くことも出来るし、買い物をすることも出来る。冒険者の格好では、貴族街に入れないのは分かるか?」

「はい」


「ポエムとお前のメイドは、メイド服を着ているからこの店に入ることが出来る。ただし儂らがいるからだ。儂らと同じテーブルに着くこともなく、同じ食事が出ることもない。そこの臨時に入れたテーブルで立って食事をしているだろう? たとえ貴族の子女でも、メイド服を着ている時は貴族ではなく使用人として扱われる。分かるな」


「そうですね」


「そのメイドが貴族のドレスを着た時は貴族令嬢としてもてなされる。ドレスは身分を表現する道具だ。身分にあったドレスを持っていないのはおかしいとは思わないかい?」


 レイシアは、一旦考えてから言った。


「そうですね。言われてみれば確かにそうなのですが、私にはそのように行くところもありません。制服があればいいのでしたら、それでいいのです」


「制服は確かに万能だが、パーティーなどには着てはいけない。お前も子爵令嬢であることには変わらない。いつ何時どこからパーティーのお誘いが来るやもしれん。例えそれが嫌がらせによるものでもな。せめて、アフタヌーンドレスとカクテルドレスくらいはないと困ることになるぞ。イブニングは年齢的にまだ必要ないが。特に上級生になった時ドレスがないと困るだろうな」


「嫌がらせでパーティーに誘われるのですか?」


「ああ。そのようなこともある。あるいはお前を取り込みたい者も出てくるかもしれない」

「私を……ですか? 私になんか大した価値はありませんよ」


「そんなことはない。儂の孫であることが1つ。お前がいくつも特許を取っていると知れたら、それを目当てに取り込もうとする者も出てくるだろう。今は隠しおおせているがどこで漏れるかもしれん」


「特許ですか? そんなに?」


 お祖父様は、レイシアが何も分かっていないことに驚きながら確認した。


「今、ターナーにいくら特許料が入っているのか知らないのか?」

「はい。お父様にまかせておりますので」


「お前……。金に執着がなさすぎる。いや、自分の金にか。喫茶店の事業の時には細かい所まできちんとできていたからな。欲しいものとか無いのか?」

「大体ありますので」


「宝石とか服とか」

「いらないですね。本も図書館があるので十分ですし。そうだ! 今日ギルドカードを確認したら520万以上入っていました! もう驚いてしまって」


「500万ぐらいで驚くな。そんなもの服を揃えたらすぐなくなるくらいのものだ。お前の年間の特許料はその数倍はある。ちなみに儂の所からの借金はもはや返済が終わっておる」


 レイシアは、500万リーフがはした金のように言われたことに驚いたが、その数倍の数千万リーフが特許により、ターナー領に入っていることに驚き、それでもよかったと安心をした。


「そうですか。お祖父様の所の借金がなくなったのですか」

「ああ。ほかの借金はまだ残っとるようだが、それはあえて残しておるようだ」


「なぜです? お金があれば返せばいいのに」


「国からの借金があることで、税負担が軽減されているのだ。それに借金がなくなれば、お前が奨学生でいられなくなる。2年分の授業料を払うほどにはまだ立て直せていないのだろう。それと、お前が平民になりたいという願いを守るためにだ」


「……」


「どのみちお前は、貴族としての立ち居振る舞いやルールを知っておいた方がいいんだ。平民になって商売をするにしても、貴族のルールを知っていたら貴族相手の店にも勤められるぞ。ドレスぐらい買ってやろうか?」


 お祖父様の提案に、レイシアは首を振って断った。


「いいえ。お父様との約束もありますし、それはお断りします」

「そうか」


 残念そうな顔でレイシアを見るお祖父様はこう提案してみた。


「では、アリシアが来ていた服を貸そうか」

「え? お母様の?」


「ああ。お前はアリシアに似ている。少し痩せてはいるが問題はあるまい。コルセットも、赤の他人のものではない、母親のだったらから使えるのではないか? 型は古いかもしれんが、子爵家の格は保てるだろう。どうだ?」


 レイシアは「いいのですか?」と聞いた。


「ああ。娘が母の服を使うんだ。問題はあるまい」

「ありがとうございます。お祖父様」


 レイシアは、とびきりの笑顔でお礼を言った。


「それと、貴族コースはメイドが2人までつけることが出来る。お前のメイドとポエムをつけなさい。お前のメイドでは、貴族間の事もドレスの着せ方も分からんだろう。正式に侍従メイドとして学園に登録しなさい。これはドレスを貸し出す条件だ。お前たちではドレスの手入れも出来ないだろうからな」


 皮肉っぽく言ってはいるが、孫のレイシアを思う精一杯の祖父の愛情だった。

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