お昼休み
王子とレイシアが答案を書き上げ、見直しが終わるとすぐにテストは終わる。そのため午前中3教科のテスト予定が、4教科終わらすことが出来た。
「はい終了。かなり早いけどお昼休みにするわ。再開は12時半から。それでも1時間以上あるからだいじょうぶね。じゃあ、午前中は終わり。おつかれさま」
「「おつかれさまです」」
シャルドネが出て行くとまたしても2人だけが残る。その状況を意識しているのは、残念ながら王子だけ。
「あのさ、早く終わったから俺の学友まだ授業中なんだよね。昼食食べに行くけど、一緒にいかないか?」
王子がレイシアに声をかける。なんとか距離を縮めようと必死。だがしかし、レイシアは普通に断った。
「いえ、結構です。あれですよね、高位貴族専用食堂。あそこって近づきづらいんですよね。お高いし」
「なんだ、金か? そのくらい出すぞ」
「そうではなくてですね」
レイシアは面倒くさいことには関わりたくなかった。さすがに王子と2人ランチを取るなどと言う危険ゾーンに立ち入る訳にはいかない。
「私はここで持ってきたランチを食べます。アルフレッド様はどうぞ食堂に行ってください」
そう言うと、カバンからバグットパンとサラダ、それに温かいスープを取り出した。
「なんだそれは!」
「平民の食べ物ですよ」
「そうか。だが、なんでスープから湯気が立っているんだ?」
レイシアはしまったと思った。カバンの事は秘密にしなければいけない。特に王子には気付かれたくない。
「スープは温かい方がおいしいですよね」
レイシアがすっとぼけて言うと、王子は不思議そうな顔をした。
「そうなのか? 俺はいつも毒見の終えた
感心したように言う王子。レイシアの料理人の血がざわめく。
「おいしいものはおいしく食べるのが礼儀!」
思わず、口に出す本音。オヤマー領でのお祖母様との食事の光景がフラッシュバックされた。
「温かい料理は温かく、冷たい料理は冷たいままに。それがささやかな幸福と言うものよ」
「は?」
「そう。いつも毒を気にして冷めた料理を食べねばならぬ貴族より、出来立て、作り立ての
レイシアは、王子の事などもはや気にせず、1人おいしく食べ始めた。
「うん。ボアの肉入り野菜スープはいつ食べても絶品ね。さすが私! うん。野菜サラダも取り立て新鮮。このシャキシャキとした歯触りと、料理長秘伝のりんごドレッシングの風味がよく合うわ。そしてこのバグットパン。そうだ、これも温めてみたら? あれをあーしてこーして、こんな感じで……、えいっ」
レイシアは黙って食べればいいものを、グルメ漫画のモブキャラのような解説をしながら食べ始めた。さらに、魔法でバグットパンを温めるという新技までし始めた。
両手で包むように持ったバグットパンから、うっすらと湯気が立ち始めた。レイシアは両手で持ち直し、一度うなずいてからパンを口にした。
「これよ! 冷めてもおいしいバグットパンだけど、温めたらもっとおいしいわ。思った通りね。今度から温めて食べるのもありね。う~んおいしい。さすが私が作ったバグットパン!」
「おい!」
「はい?」
「うまそうに食ってるな」
食べるのに夢中で、王子の事を忘れていたレイシア。
「はあ。まだいたんですか? 私の事は気にせずどうぞ高級食堂へ」
「気になるわ! 目の前でおいしそうに食べられて気にしない方がおかしくないか?」
「そうですか?」
そう言いながらも食べる手を止めないレイシア。幸せそうな顔をしながらスープをすする。
「それにだ。なんでパンが温まるんだ。何をした?」
レイシアはまたしてもしまったと思った。魔法……そう……。王子は知っている。なら下手に隠さない方が。
「ああ。ほら王子……、アルフレッド様もいたじゃないですか。騎士コースでの魔法を授かった授業」
「え?」
「あの時、火魔法も授かりましたので、それを使って温めただけですよ。大したことはしていません」
「そうなのか? 魔法はそんなに便利なものだったか?」
魔法コースを取っていない王子は、いぶかしく思いながらも、そんなものかと思うことにした。
「そんなにうまいのか?」
パンを幸せそうに
「自信作です」
「…………なんだ、その……、少しくれないか?」
王子は恥を忍んでレイシアに言った。それほどレイシアがおいしそうに食べていた姿を見てうらやましくなったのだった。
「嫌ですよ。王子に変なものを食べさせたとか言われるの。これは平民と辺境の貧乏子爵家程度の者の食べ物です。貧乏な私から食料取り上げる気ですか!」
レイシアがそう断ったが、王子はそれでもあきらめなかった。
「取り上げなどしない。必要なら金は払おう」
「そういう問題じゃなくて」
「では何が問題があると言うのだ?」
「問題だらけです!」
レイシアは頭を抱えた。一生徒が王子に平民の食べ物を渡す。そんなことがあっていい筈がない。
王子もそのことは重々承知。だが、食べたいものは食べてみたい。
「レイシア。お前の言いたいことは分かる。しかしだ、お前たちは王子が何不自由なく過ごしてると思っているだろうが、俺にだって言いたいことだってあるんだ。俺はな、不自由がないんじゃない。自由がないんだ」
「はあ」
「作り立ての料理? 食べたことがない。 同じ学力のある友? そんなものはいたことがない。 ラノベを読む自由もない。 俺は俺の好きな事なんて一つも出来ないんだ。なぜだか分かるか?」
「いいえ?」
「王子としての責任があるからだよ。王族がわがままを押し通せば国が乱れるだろう。だから民のため前例を
「はあ……」
「しかし、最近思うんだ。……それでいいのかって。それでは王族は単なる誰かの操り人形なのではないかと。今、俺より学ぶ意思も、学力も、この国を思う気持ちもない者どもが、やがて俺を利用するのかと思うとやり切れない。そうは思わないか、レイシア」
「はい?」
「俺は、この国の停滞した状況がおかしいと思っているんだ」
「はあ」
「だから俺は、前例を崩そうと思う」
「はあ?」
「決められたいつもの食事ではなく、今食べたいものを食べる自由を俺は行使する!」
「つまり、私の食品ストックを食べたいという事を回りくどく言ったのですね」
「そうだ! しかし、俺の本音はかなり入っているぞ」
レイシアは、王子の顔を見て小さなため息を吐いた。
「……小銀貨2枚ですよ」
「安いな」
「前金です」
王子は金を出そうとしてふと気がついた。
「すまん。俺は持っていない。後で届けさせる」
そう。王子は現金を持たせてもらう事がなかった。王子の生活範囲では、全て王子の顔パスで物事が終わる。必要とならば、執事や学友が建て替える。街に買い物をするために出ることのない王子は、金を持つ自由すら与えられていなかったのだ。
「後で届けさせる? 嫌です! やめて下さい! いろんな人に私が変なもの食べさせたことがばれるじゃないですか! ダメです。秘密にして下さい! 絶対私から食べ物を買ったって言ってはダメです」
「それなら、金も払えないのだが」
「もういいです。お金はいいですから、食べたことも誰にも言わないでくださいね。まったく。めんどくさいんだから」
そうは言いながらも、先ほどの王子の言葉に憐れみを感じたのも事実。一度だけならあげてもいいかと思いなおした。カバンからスープとサラダ、それにバグットパンを出すと、パンを両手で温め王子の机に置いた。
「はい、どうぞ。今回だけですからね」
「ああ、分かった」
「あとで追加はなしですよ。また欲しいって言うのも。今回だけ。二度と出しませんからね」
「ああ。約束する」
「本当ですね、約束ですよ」
レイシアはこれ以上巻き込まれるのが嫌だったので、二度とあげないことを強調した。
「ではどうぞ。あっ、毒見したほうがいいなら食べなくていいから」
レイシアが皮肉めいて言うと、「お前が食べ物を無駄にするとは思えない」と王子は何も気にせずスープを飲んだ。
「
夢中で二口三口とスープをすすると、バグットパンを口にした。
「何だこれは! パンが柔らかいだと! パンが濃厚な肉の味とその肉汁を受け止めている。美味い! 本当に美味い! ……しかし柔らかなパンだと? 何だこれは! 平民は王族よりおいしいものを食べていると言うのか⁉」
王子は夢中で食べた。温かい作り立ての食事。しかも調理したのはレイシア。
レイシアがレイシアのために作った食品たち。不味い訳がない。
「…………もう無いのか……」
王子は名残惜しそうに両手を見た。レイシアは淡々と食器を下げた。
「これはどこで売っているんだ⁉」
「教えないです。教えたら私が王子に平民の食事を与えたのがばれてしまうじゃないですか」
レイシアは黒猫甘味堂を教えようかと一瞬思ったが、よく考えれば黒猫甘味堂は平民街のお店。王族関係者に来られても大変なことになる。
「だが、これほどの料理……。特に柔らかいパンなんて初めて食べた。これを平民しか食べていないだなんて」
「それは平民でも一部にしか知れていない幻の食品です。黙っていてください」
「そうか。幻の食品か。そう言われると納得してしまうな。で、どこで売っている! どうやって作る!」
「だから教えませんって言っているじゃない。自分で金も持っていない残念なアルフレッド王子。今回は無料で提供しましたが、今後一切提供はしません。有料でもです。ご自身の立場と私の立場を考えて下さい。私が王子にお昼ご飯を振舞うなど、あってはいけない事なんです」
王子は我に返った。確かに自分が執事に言うと、根掘り葉掘り今回の事を聞かれるのは目に見えている。親切に食べ物を恵んでくれたレイシアを巻き込むことは出来ない。
「そうだな。すまない。だが……。俺はこの味を知ったのに、二度と食べることが出来ないのか……」
深くふか~くため息をつく王子。感動が絶望に変わった。
「俺はこの先、食事に不満を持ちながら過ごすしかなくなるのか」
レイシアは王子のつぶやきを聞いて胸がチクリと痛んだ。しかしどうすることも出来ない。解決策は見つけられなかった。
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