メイド喫茶・黒猫甘味堂

 黒猫甘味堂を出たレイシアは、もう一軒の黒猫甘味堂へ寄った。そう、メイにまかせたメイド喫茶の方。ドアの前には女の子たちが列をなして並んでいた。


「相変わらず盛況みたいね。邪魔しちゃ悪いからこのまま帰ろう」


 レイシアが素通りしようとした時、整理券を配りにドアを開けたランと目が合った。


「レイシア様~!」


 ランがレイシアに向かって叫ぶと、女の子たちがいっせいにレイシアの方を向いた。


「黒猫様?」

「黒猫様よ!」

「誰?」

「知らないの? 伝説のメイドリーダーよ」


 レイシアは女の子たちに取り囲まれた。


「レイシア様〜! こちらに!」


 店からメイが、サチの仕込んだ歩行術・猫脚と円舞、瞬歩を組み合わせ、あっという間にレイシアの元に着くと、店の中に引っ張って行った。



「レイシア様〜、わたし頑張っているんです〜! もう……ダメかもってくらい!」


 休憩所兼ロッカールームで、メイはレイシアにグチをこぼしながら、メイド服を着させようとしていた。


「大丈夫。メイちゃんなら出来るわ! で、なんで着替えないといけないの?」

「いいじゃないですか。みんなが求めていますわ! 黒猫様復活を!」

「いまさらじゃない?」


 メイは声を大きくして言った。


「レジェンドに今更はない!」

「はい?」

「いいですから! 早く着替えて店に出る!」

「はい!」


 着替えているレイシアにメイは畳みかける。


「黒猫様は我が店の原点。皆のあこがれ! 伝説のレジェンド!」

「伝説はレジェンド? 意味おんなじだよ! 伝説の伝説って何⁈」

「2倍すごいんです! 伝説級の伝説です」

「だからおんなじだってば!」


 メイは唾を飛ばしながら同じことを言い続けていた。


「とにかく、伝説of伝説! レジェンドの中のレジェンド! 大丈夫です。レイシア様には働かせません!」

「はい?」


「カウンターの一番端の席で、優雅にお茶を飲みながら私とお話していればいいんです! それ以外は何もしなくていいですから」

「なんなの、それ?」

「やれば分かります。いいですね」

「4時には帰るわよ」

「上出来です。それではお席にご案内いたします」


 メイはそう言うと、バックルームのドアを開いた。


「黒猫様のおな~り~」


 メイは店中に響くように声を上げた。いっせいに店内の空気が上がる。


 パンパンパンパンパンパンパンパン


 「キャ—————」と言う歓声を見事に手拍子へ変換させるメイ。店内に謎の一体感が生まれた。

 メイはレイシアを誘導し、店内をグルッと一周するように回った。カウンターの端の席に着くまでゆっくりとお客様サービスになるようにレイシアを見せつけた。


「黒猫様だ」

「本物」

「尊い」


 静かなつぶやきが店内に響く。レイシアがニコッと笑うと、「はぁ—————」というため息しか漏れない。尊みも限界を超えると言語化出来なくなるのだろうか?


 店内には不思議な空気が漂う。興味・憧れ・尊敬・崇拝。様々な視線を一身に受けたレイシアの背中にブルっとした悪寒が走った。


「ようこそ。黒猫甘味堂へ。ごゆっくりおくつろぎ下さい」

「くつろげないよ~」

「あなたの店です」

「私のじゃない!」


 そんなことを言いながらカウンターを挟んでメイと話をした。

 メイは店長になってからの苦労と頑張りを、ウイットに富んだ語り口でグチった。レイシアは押し付けた手前もあり、思いっきりしゃべれるように相づちを打ちながら聞いていた。


 それを見つめるだけで萌えに萌えるお嬢様達。勝手な妄想はプライスレス。どこまでも萌える脳内は、人それぞれにジャンルが違う。こんな所まで薄い本の影響が……。


 メイド喫茶・黒猫甘味堂は、そんなお嬢様たちにとっての神の国パラダイス。いつの間にか萌えの発信地になっている現実を、レイシアはまだ気づいていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る