黒猫甘味堂の今

 カランカラン

 レイシアが本家黒猫甘味堂のドアを開けると、カウベルが鳴り響いた。


「いらっしゃい。あらレイシア様」


 私服にエプロンを付けたサチが、おっさんしかいない店内で華やかに声をかけた。


「あらサチ。何してるの?」

「今日はレイシア様が学園にいくっていうから、店長の手伝い。ランチタイムだけだから終わったらレイシア様の侍従メイドに戻ります」

「別に仕事に戻らなくていいよ。今日は休みで問題ないし」

「そう? じゃあ今は喫茶店の給仕として対応するね、レイ」

「いいよ、サチ」


 サチはうなずくと、レイシアに「こちらへどうぞ」とカウンターの端に案内した。


「店長、レイシア様がご来店しました」

「レイシアちゃん?」


 店主が奥から慌てた様子で出て来た。


「久しぶりだね。元気だった?」

「はい。御無沙汰しています」

「お昼食べた? まだだったらランチどう?」

「ありがとうございます。じゃあ、バグットパンの紅茶セットを」

「かしこまりました」


 マスターは料理を作りに奥に引っ込んだ。



「はいお待たせ。バグットパンと紅茶のセット。味どうかな?」


 レイシアはパンを食べて目を丸くした。


「レシピ変えましたね。パンをあっさりにして、その分肉の味付けが濃くなっていますね。塩気が増しました。これは私が作るバグットパンよりも男性向けになっています。肉体労働者は塩分を欲しがるので正しい改変ですね。客層を考えたらこの変化は正解です」


 店長は、見事に言い当てられたことに驚いた。


「そうなんだよ。どうしてもこっちの方がお客さんに人気でね。もちろんレイシアちゃんみたいな子が来たら前のレシピのやつを出しているんだけど、今日は味見をして欲しくてね。だから今日はお金はいらないよ。ゆっくりしていってね」


 店長がそう言って奥に引っ込むと、レイシアはゆっくりと味わいながら食べていた。




 カランカランとドアが開き、店に新たなお客が入って来た。


「いらっしゃい」


 体格のいいおっさんは飲んでいるのか、よたよたとテーブルに座った。


「酒はあるか」

「すみません。ここは喫茶店です」

「なにぃ、ねえのか」


 おっさんは懐から携帯用の酒器をだし、出された水をぶちまけ酒を注いで飲んだ。


「おい給仕、げ」

「お客さん、困ります。他のお客様に迷惑ですよ」

「何だと、俺は客だ! じゃあ、そっちの嬢ちゃんでいいや」


 サチは、おっさんの顔に水をかけた。


「おっさん、おいたは大概たいがいにしな。ここはそういう店じゃねえんだ。ほら、お帰りはあちらだよ。金払ってとっとと帰りな」

「何しやがるんだ、この小娘が! いきりやがって」


 おっさんはテーブルを叩きつけるように腕を振り下ろし立ち上がった。

 店長があわてて出てきて謝ろうとした。


「すみません! お客フグヮ!」


 店長はサチに口をふさがれた。


「店長は引っ込んでて」

「やめなさい。女の子なんだから」


 2人のやり取りを見て、男がいやらしく笑った。


「なんだい。かわいい顔してとんだアバズレだな。娼館にでも売り飛ばしてやろうか。なあ」


 おっさんがいやらしい顔でサチに近づいた。店長がかばうとおっさんは店長のみぞおちに蹴りを入れた。


「ウッ」


 店長は床に転がり呻くしかなかった。


 サチはおっさんの喉元にフォークを突きつけた。


「いい加減にしな、おっさん。酔っぱらいは入店禁止だよ」


 さすがに喉元に凶器を突きつけられた状態では何もできないおっさん。苦しまぎれにこう言った。


「店の中じゃあせますぎる。やるなら外へ出な」

「いいね。やろうか」


 サチはおっさんを先に出し、後からゆっくりとドアに向かった。


「大丈夫? 私も手伝う?」

「大丈夫。一人で十分でしょ」

「そうだけど」

「いいから休んでて。すぐ終わらせるから」


 戦いに向かう少女とそれを見守る少女。そんな尊みの光景を呆然と眺めるおっさんたち。


「いや、わざわざ怪我をしに行かなくても」

「そう。なんならカギをかけて衛兵をまってもいいし」


 客のおっさんらはサチを止めようとしたが、


「女にはな、やらなきゃいけない時もあるんだ」


 と、カランカランとカウベルを鳴らしてドアを開けて出ていった。



 バタン、とドアが閉まる。

 静寂が店内を支配した。

 レイシアはサチを信じている。

 店長とおっさんらはサチを案じている。


 いつののしり合いが始まり、戦闘が行われるのか。

 固唾をのんでドアの外を感じていた。


 その時! 


 ギ―・カランカランと、ドアが開きサチが入って来た。


「終わってた」

「「「はぁ?」」」

「はい、レイ。お手紙預かって来たよ」


「どういうことだ⁉」


 おっさんらはサチに詰め寄った。


「あのおっさんは通報を受けた衛兵につかまった。親切な人が中の騒ぎを聞きつけて通報してくれたみたいだ。もともとならず者の一員だったみたいですぐに捕まったらしいよ。私が出た時には、ボコボコにされてお縄を掛けられていたからさ。ぶん殴れなかったよ」


 にへらと笑ったサチに、腹を両手で押さえながら店長が言った。


「危険なことはしないでください! いいですね。僕は心配でやり切れなかったんですよ!」


 珍しく感情をあらわにした店長に、サチは素直に謝るしかなかった。


「みなさん、うちの従業員がお騒がせしてすみませんでした。これから衛兵が事情聴取に来るかもしれません。巻き込まれないようにお帰り下さい。今日の料金は無料で結構です」


 店長はそういって、おっさんたちを帰らせた。



 レイシアに来た手紙は、ポエムが書いたものだった。店の騒ぎを見て、衛兵に成りすましたのもポエムの部下。手紙にはこう書いてあった。



 レイシア様もサチも自覚を持つように。あなた達が強いのは知っていますが目立ってどうするんですか。こういうものは秘密裏に処分するものです。

 レイシア様は学生の身。騒ぎを起こすのはまずいと自覚しなさい。

 因縁をつけて来たのは、とあるならず者組織の幹部です。後始末は私達の裏の者がつけますので手出し無用。これは貸しにしておきます。

 とにかく、目立つ行動、特に暴力沙汰は巻き込まれないようにしなさい。そのための暗部です。主人の身を守るには知略も必要です。サチに言い含めておくように。


 追伸 オズワルド様が次の会食を楽しみにしております。レイシア様から相談されると喜ぶので、遠慮なく相談してあげて下さい。



 店長は、サチに無茶なことはしないようにと何度も言い、どれだけ心配だったかを伝えた。サチは、店長を巻き込んだことを反省し、素直にうなずいた。


 後は2人の問題ね。と、レイシアは2人を残し黒猫甘味堂を後にした。

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