厩舎
「今年から、貴族コース取らないといけなくなったのです。どうしたらいいでしょう?」
レイシアはイリアに聞いてみた。土地持ちの子爵のレイシアが、貧乏法衣貴族の娘イリアに聞いても仕方がないのだが、他に聞ける人がいない。とにかく情報が欲しいレイシアとしては、イリアに聞くしか方法がないのだった。
「そうは言ってもねえ。あたしも分からないのよ。いやねえ、男爵の子に聞いた時は、『お金がかかって苦しい』って言っていたのは聞いたことがあるけど」
「お金が必要なんですか?」
「うん。まあね。ほら、着ているモノもあたしたちとは違うでしょ」
「そうなんですか?」
「あんたねえ。去年の入学式覚えてないの? あんたしか制服で登校していなかったから、あのアクシデントがあったじゃない」
「え? ああ。思い出した! 王子め!」
「じゃあ、見に行こうか」
「何をですか?」
「やだなあ、入学式に決まってるじゃない!」
「入れるんですか?」
「去年あんたを救い出したのはあたしだよ。忘れた?」
「そう言えばそんなことが」
「じゃあ行くよ。図書館に行くと言えば入れてもらえるから。今日は制服以外でね。去年の騒ぎもあるから目立たないように」
「目立たないようにですね。分かりました」
こうして、イリアとレイシアは学園に向かった。
◇
豪華な馬車が正門に続く道を列をなして塞いでいる。その脇を目立たぬように歩くイリアとレイシア。脇道に入り、通用門から学園内に入ろうとする。守衛から、声がかかった。
「在校生かい? なんだイリアか。また図書館で物書きかい? おや、そっちは誰だい」
イリアは、休日はよく図書館に入るので守衛さんとは顔なじみだった。レイシアは、通常の時間しか学園にいないので休日の守衛には馴染みがなかったのだ。
「あたしと同じ寮のレイシア。2年よ」
イリアがレイシアを紹介した。レイシアは学生証を見せて
「2年のレイシア・ターナーです」
と挨拶をした。
「君は校内に何の用事だい? 2年生ならゼミはまだだろう? できれば入学式は用事のない生徒は入れたくないんだ」
守衛が聞くとレイシアは
「私も図書館で調べ物を。それと、厩舎の掃除をしようかと思っています」
「厩舎の?」
「1年生で騎士コース取っていたので、厩舎の掃除は毎日していたんですよ」
守衛はレイシアを見て、「君が騎士コース?」と不思議な顔をしたが、イリアとレイシアに名前と要件を書くための用紙を渡し書かせた。
◇
「厩舎って馬小屋? 馬小屋の掃除って何よ」
「言っていませんでしたっけ? 騎士コースでは乗馬を習うためにお馬様のお世話をするんですよ。去年お世話になったお馬様のために、最初の登校では馬小屋の掃除をしようと決めていたんです」
「ふーん。ねえ、見に行ってもいい? 執筆の参考になるかもしれないし」
「いいですよ。でも不用意にお馬様に近づかないで下さいね。蹴られると大怪我しますから」
「そうなの⁉ って言うかお馬様って……。分かった。離れて見てるよ」
「じゃあ、行きましょう」
レイシアは厩舎に向かって歩き出した。
◇
「う~ん。久しぶり。みんな元気だった? あ、イリアさんはそこから入らないで下さいね」
レイシアが掃除を始めようと中に入ると、先に掃除をしている人がいた。
「誰だ? なんだレイシアか。何しに来たんだ?」
掃除をしていたのは王子のアルフレッドだった。
「なんであなたがいるの?」
「毎朝いるぞ。お馬様の世話をするのは当たり前だろ。お前こそ辞めるんだろ、騎士コース。いまさらこんな馬小屋の掃除をしなくてもいいんじゃないか」
「いいじゃない。お馬様のために掃除したって」
2人の言い合いを見ながら、イリアは聞いた。
「ねえ、あなた達、なんでお馬様って言うの? 馬でしょ?」
「「お馬様だ(です)」
騎士コースでお馬様に尽くすように叩き込まれた2人は、反射的に声が揃った。
「仲良しさん?」
「誰がだ!」
「特に仲が良くはないですよね」
レイシアがそう言いながらも効率よく掃除をしている姿を見て、仲いい相手がいるのねとイリアは思った。
「ところで、そちらの人はだれなの? レイシア」
イリアがレイシアの友達の名前を知ろうと、訊ねた。
「え? アルフレッド様ですよ」
「アルフレッド様?」
「やだなあ、王子ですよイリアさん」
「は? おーじー?」
イリアは理解できなかった。
「レイシア。誰だ、この女生徒は」
「同じ寮の先輩、イリアさんです。5年生です」
「そうか。先輩ならば礼は尽くさないとな」
「って、なんで王子様がここに……」
イリアは混乱した。よくよく見れば金の髪に端正な顔。確かに去年の入学式に見た王子に似ている。しかし、作業着に帽子をかぶった姿はぱっと見は平民の作業員。おまけに今日は入学式。挨拶とかいろいろあるのではないだろうか?
「お馬様にのせて頂く身としては、厩舎の掃除は毎朝のたしなみ。本当にこの学園の生徒は意識が低い! 授業が終わったからと言ってお馬様は毎日生きているんだ。お世話をするのは当たり前ではないか。レイシア、なぜ来なかった」
「実家に帰っていたので」
「ならば仕方ないな。今日来たのはほめてやろう」
「あなたにほめられても……」
こいつは恋愛に発展しない。イリアはそう思った。それより王子! なんで王子がここにいるのか未だ混乱しているイリア。
「王子様! 今日は入学式ではございませんか? 挨拶とかは大丈夫なのでしょうか?」
「ん? ああ、時間まではまだあるし、俺がいるとそれはそれで面倒だからな。それよりレイシア、飼い葉を」
「ええ。今用意してる」
「ならよし」
王子ってこういうものなの? イリアは呆然としながら息の合った二人の作業を見ているしかなかった。
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