第三部 学園生活(2年生)レイシア14歳~15歳 弟9歳

第一章 二年生の授業登録 14歳

閑話 おいしい食事とあったかいお風呂を!

「書けない……」


 あたしは寮の部屋で原稿を前に悩んでいる。プロットが……プロットが埋まらない。

 『制服少女と七人の敵』は大失敗だった。その前の『制服王子と制服女子~淡い初恋の一幕~』は売れに売れたのに。あれ以来何を書いても上手くいかない。っていうか、元から売れてなかったけどね。などと思いながらため息を吐いた。


「あ~。やっぱりリアルに基づいた話は強いわ。あたしの想像力だけではまだまだ一流の物書きにはなれないのかな? どこかにいいモデルは……、やっぱりレイシアか?」


 あたしは過去のレイシアの行動を思い出そうとした。掃除、洗濯、料理。魔法での行動をどう作品として落とし込む? それとも冒険話? どう書いても嘘くさくなる! いくつもいくつもアイデアを書いてはバツを付ける。


「目の前で起こっていることが、すべて異世界ファンタジーになるのはなんで⁈」


 版元からは、恋愛小説を求められている。しかしレイシアヤツと王子の間には恋愛などなさそう。王子をなんとも思っていないレイシアと、むしろレイシアに対抗心しか持っていない王子。……無理! 制服少女の続きなんて思いつくわけない! お願い、レイシア。王子に恋して! って無理だな。はぁ。そう言えば、制服少女と七人の敵の敵って、全部レイシアの二つ名だったよね。あの子なんなのよ。


 あたしはため息と一緒に、紙をくしゃくしゃと丸めて放り投げた。



「イリア、ご飯だよ」


 カンナさんの声が聞こえた。もうこんな時間? あたしは原稿を揃えて下に降りた。


「ほら、ちゃんと手を洗って。インクだらけじゃないか」


 小指の下がインクで汚れている。紙に乗せたインクがこすれたんだろう。ああ、もったいない程書き損じを作ってしまったな。結局アイデアは出てこないし。あたしは言われるがまま手を洗って食卓に着いた。


「敬愛するカク・ヨーム様。あたしにアイデアを下さいませ」


 カク・ヨーム様に祈りを捧げると、あたしはパンをスープに浸した。


「調子悪いのかい?」


 カンナさんが聞いてきた。


「うん。去年のヒット作以来鳴かず飛ばずね。次こそ売れる物書かないと」

「そうかい。まあ、がんばりな」


「ところでカンナさん。レイシアはいつ戻るのかな?」

「さあねえ」


「レイシア早く来ないかな。あの子の作る料理が食べたいよ」

「そうだねぇ。あたしゃ熱いお風呂に入りたいねぇ。冬の水浴びは体にこたえるよ」

「お風呂! そうね。あ~、お風呂。あったかいお風呂」


 あたしは、レイシアが入れてくれたお風呂の気持ちよさを思い出した。


「ほらほら、間抜けた顔してないでさっさと食べな。食べたら掃除だよ。あんたもたまには体動かさないと。引きこもってばかりじゃ不健康だよ」


 「はーい」と返事をし、あたしは調理場にお皿を片付けに行った。



 

 掃除を終え部屋に入るとまたプロットを考える。あたしの中で、ヒロインは全てレイシアになってしまう。


「あんな個性の強い子が隣にいたらしょうがないじゃない」


 あたしは真っ暗な部屋で、ろうそくの明かりを頼りに考えをまとめようとした。

 百合は却下されたし、異世界ファンタジーも、現代ファンタジーも没にされた。


「売れるのはやっぱり恋愛一択ですか。そうですか」


 あたしは社長の言葉を思い出す。はぁ。分かってるってそんな事。百合はダメなんでしょ。「そっちの方の専門作家になりたいなら止めないけど」って言われたしさ。別に薄い本書きたいわけじゃないのよ! ソフトな百合ものあってもいいんじゃないって言ったけど分かってもらえなかったし。なんていうかこう、淡い初恋みたいな……。友情の先のプラトニックなドキドキとか。ねえ、あるでしょ! 何でもかんでもエロにしたらいい訳じゃないって!


 しょうがない、初心に戻るか。恋愛ね。そうだとするとだ。レイシアをモデルにするなら、本物のレイシアより弱体化しないと。えーと、良く分からない特技は使えないようにして、と。お風呂も冷たい水で。武力も使えなくしないと……


ってレイシアどんだけおかしいのよ! 


ヒロインは下町育ち。たまに口調が下町の言葉になる。うんいいね。ギャップ萌えってやつ? そうね。下町の娘が学園に通うなら、貴族の娘じゃなくて聖女だよね。ある日光の魔法に目覚めたヒロイン。イケる! 平民出身だから掃除洗濯OKね。なんならバイトさせてもいいかも。今下町で話題のレイシアのバイト先。メイドの格好で給仕するやつ!

 よーし乗って来た! ヒロイン像が見えて来た。あとは王子の設定とどう繋がりを持たせるかね。平民と王子か。まあ、なんとでもなるわ。あたしの小説家としての妄想力よ、ここに全開にな~れ!


 興に乗ったあたしの脳はベッドに入っても休むことを止めず、気がついたら朝になっていた。


「今書かないと……。忘れる……」


 窓から差し込む白々とした明かりを頼りに、徹夜で疲れ果てた体を無理立たせ、ふらふらとした筆跡で設定とプロットを書き上げた。


「出来……た」


 メモ程度かもしれないが、これで出版社に持ち込める。テンションが上がったのか、一瞬眠気が拭えた。あたしは大きく深呼吸をした。





「イリア! 朝飯だよ! 手伝いもせず寝てるのかい? また寝落ちしたのかい。この子は、まったく。早く降りておいで!」


 カンナさんの声が聞こえる。朝ごはん? いらない。寝たい。


「何言ってんだい! 朝ごはんは食べな! ほら、今日はレイシアが帰って来たから久しぶりにレイシアの朝ごはんだよ。いらないならあたしが貰うからね」


 レイシア⁈ レイシアなの! あたしは階段を駆け下りて食堂に向かった。


「レイシア! 本物!」

「ただいま、イリアさん」

「お帰り! ってなんでこんな朝からいるの?」

「きのう王都の門が閉まってから着いたので、外で野宿して開門を待ってたので朝になりました」


 えっ? 野宿? 何やってるのレイシア。


「冒険者ですから慣れているんです」


 えっ? そんなものなの? プロットが……いやいや、小説とこの子リアルは別物! 混ぜるな危険。分離よ、分離。


「そう? まあいいわ。無事で何より!」

「ほら、はやいとこ食べな。あんたが夢にまで見たレイシアの朝ごはんだよ」


 レイシアの朝ご飯!


「それに、レイシアがお風呂も入れてくれたんだよ。あんたがスランプで苦しんでるって教えたらさっそくね」


「お風呂!」

「たいしたことしていませんよ。イリアさん、疲れとってくださいね」


 天使……。なんなのこの笑顔。


「嫁に欲しい……」

「「え?」」


「いやいや、なんでもないわ」


 やばい。頭まわってないや。ついつい気持ちがだだ洩れしてる?


「じゃあ、久しぶりに4人でお食事しましょう。サチも一緒にね」

「はい。レイシア様」

「もう、今はレイでいいよ」


 ああ、百合……。いやいや、百合は禁止されたじゃない。思い出せ、今のプロット! あ~頭まわってねえや。


「なんか言ったかい?」

「何でもない!」

「じゃあ、早く食べるよ。せっかくの料理冷めちゃもったいない」


 あたしはイスにすわり、祈りの言葉をとなえた。


「いただきます」


あたしは早速、ふわふわのパンを口にした。


「おいしい……」


 あれ? 腕が下がった? 目が……。あれ、意識が遠のいた? あたしを呼ぶ声が聞こえる。ああ、おいしい料理にお風呂……。ずっと待ち望んでいたのに……。


「無理ね、これは。どれ、ベッドまで運ぶか」

「あ、私が運びますよ。こう見えても力持ちなんです」


 なんか不穏な会話が聞こえるけど眠気には逆らえない。ああ、おいしい朝ごはんに温かいお風呂。どっちも目の前にあるのに……。


 あたしの意識はそこで途切れた。そのまま深夜まで目が覚めなかったあたしは、おいしいご飯とお風呂を逃した後悔に襲われることになるのだが、それはまた別のお話。

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