閑話 クリシュのお願い

 お姉様は素晴らしい!


 学園の先生から王子を倒した話を聞いた時は胸がスカッとした。学園の一年生で一番強いのがお姉様。それに勉強も一番? 本当にすごすぎるよ。僕のお姉様は。


 お姉様が冒険者と旅に出る! ボクもついて行きたいと言ったがみんなから反対された。ボクは冒険者になれるほど強くないんだって。悔しいよ。お姉様と一緒に、冒険の旅に行けないなんて。


 お姉様が旅に出る前、夏祭りの企画について教えてもらった。さすがお姉様。僕なんて思いも寄らない視点から祭り全体のプランを考えている。



 ……僕はぜんぜん賢くもないし、強くもないんだ。


 神父様に相談をしたら、「クリシュ様は十分賢いですよ」と言われた。そんなことないのに。


 これはやっぱり、強さを求めないと! お姉様の強さの秘密『メイド術』を僕も教えてもらわなくては!


 僕はメイド長のキクリに相談した。




【キクリ視点】


 坊ちゃまから相談があると呼び出されました。何でしょうね。こんなこと今までありませんでしたのに。私にできる事でしたらかなえてあげましょう。


 え? メイド術を習いたい? なぜ?


 あ~。確かにお嬢様の強さはメイド術のおかげでもありわすわね。でも、坊ちゃまがメイドをするのですか?


「あの、クリシュ様。本当にメイド術を習いたいのですか?」

「うん。僕はお姉様に近づきたい。いや、お姉様を守れるようになりたいんだ」


 お嬢様は守られなくても大丈夫だと思いますが。


「そうですか? クリシュ様はメイド服を着てみんなの前に出ることが出来ますか?」


 坊ちゃまのメイド服姿。それはそれで可愛らしいでしょうね。


「えっ?」


「メイド服はメイドの戦闘服。メイド服なしにメイド術は教えられないのですよ」


 そう。足の捌き、膝の使い方。教えるためにはこう、スカートを膝上にたくし上げて……!!!!

 ダメです! 坊ちゃまの前でそんなあられもない姿! そんな姿を坊ちゃまに見せることは出来ませんわ! 何とかしてやめさせなければ!


「メイド服を着ればいいの? それで強くなれ……」

「ダメですクリシュ様!」


 あわてて返事をさえぎったわよ! 無理! 絶対無理! 無理無理無理無理!


「どうしたの?」

「クリシュ様。男性にはメイドは出来ないのです。そうですわ。レイシア様の強さは料理人の狩猟術のお陰でもありますわ。料理長に相談して見てはいかがでしょうか?」


 何とか坊ちゃまを説得して、コック長に押し付けることに成功した。はぁー。スカートめくってナイフを仕込むところなど、坊ちゃんとは言え殿方に見せられるわけないじゃないですか。


 メイド術は女性だけの秘密なのですよ。クリシュお坊ちゃま。




【料理長視点】


 ん? なんだい坊ちゃん。おやつ欲しいのか? おやつならメイド長に渡しておいたぞ。え? メイド長から聞いてきたって? 何を? レイシア嬢ちゃんが強いのは料理人の狩猟術のおかげ? 自分も習いたいと。ふんふん。


 あ~、嬢ちゃんに仕込んだ暗殺術かぁ。嬢ちゃんがあまりにも出来がいいからついつい教えたんだよな。狩猟に便利だし。でもなあ、暗殺術を坊ちゃんに教えていいのか? 確かに強くなれるけど暗殺術だしな。旦那にもやり過ぎだっておこられたしなぁ。


 まあ、レイシアは俺の弟子だからいいけど、坊ちゃんはダメだな。坊ちゃんを弟子にする訳にはいかねえな。


「坊ちゃん、それはできませんぜ」

「なんで? お姉様には教えたんでしょ!」


「あのですねえ、嬢ちゃんは平民として暮らすために料理を教えたんだ。坊ちゃんは貴族になるんでしょう? だったら料理が出来ても仕方ありませんぜ。料理が出来なきゃ狩猟も教えられませんな」


 あれ? そうだっけ? 嬢ちゃんが料理を始めたのは5歳。アリシア様生きていたよな。あの頃は平民になるとかそんなこと考えてもいなかったよな。アリシア様が許すはずないし。あれ? まあいいか。そう言う事にしておこう。


「僕も料理を習う! それならいいでしょ!」

「あ? ああ。いやダメ! どうしてもと言うなら旦那様の許可を取ってきてください。旦那様の許可なしには教えられません!」

「分った! お父様の許可があればいいんですね。すぐに貰ってきます!」


 出さないでくれよ、旦那様。俺知りませんぜ。




【クリフト視点】 


 料理を習いたい? なんでだ? 強くなりたいから?


 言ってることが支離滅裂だぞクリシュ。料理で強くなる? そんなことあるわけないじゃないか。

 え? レイシアが強くなった? まさか。メイドなら分かるが、なんで料理で?

 フフフ。そんなことあるわけないじゃないか。お前も思ったより子供だな。安心したよ。


 なんだ。強くなりたいのか? レイシアみたいに? やめとけ。あれは異常だ。普通でいいんだ普通で。そうだな。今度俺と手合わせするか? え、いらない。あ、そうか。いらないか。


 いらないんだ。………………そうか。


 まあいい。料理はだめだ。意味が分からん。おや、もういいのか? そうか。


   「バタン」





 はぁ—————。

 クリシュよ。………………いらないはきついぞ。

 本当にな……。

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