260話 閑話? 温泉

 ターナー領に戻ったレイシアの楽しみは、クリシュを可愛がることと温泉に入ること。温泉! それはこの世の神の国! この世のあの世! なんだそれは?


 この素晴らしさを広めようと、レイシアはルルを温泉に誘おうとした。


 ところが、いつもタイミングが合わない。温泉の話をしようとすると、なぜかルルに用事が出来たり、他の人が割り込んできたり。温泉に連れて行くことが出来なかった。


 レイシアはこの現象に違和感を覚えた。そこで、神父に尋ねてみた。


「温泉ですか? 別に誰でも入れるのではないでしょうか? 孤児たちも毎日入りに通っていますよ」


 神父がそう言うと、サチが首を傾げて言った。


「レイ。あたし以前温泉で働いていたんだけどさ」


 サチは、業務用メイドの仮面を引っぺがしていた。孤児院ではよく起こる現象だ。


「温泉に来るのこの領の人たちだけなのよね。商人とか冒険者とか、そういう人が温泉に入りに来たのを見たことがないよ」

「そう言えば私も見たことがありませんね」

「シャルドネ先生も入らなかったわ」


 3人は不思議そうに顔を見合わせた。


「これは検証しないといけないわね」


 レイシアのマッドな知識欲に火がついた。なんとしてもルルを温泉に入れよう! そんな企画が発足した。



 結果は散々だった。温泉へ誘おうとすると何故かいつも邪魔が入る。意識していなかったら気にもならないように。しかし、目的がはっきりしている今、この妨害とも言える現象は、まるで誰かに仕組まれているかのように思えて来た。


「なんでルルさんを温泉に誘えないんだろう」


 レイシアは自分が誘うから上手くいかないのかと思い、サチをはじめ他の女性にも誘うように頼んだ。

 しかし誰も上手く誘えない。


 実験対象を増やそうと、ククリやケントやゴートにも温泉に行くように仕向けてみたが、なぜか温泉という言葉すら伝えられていないような気がする。そんな気がしてくると、なんとなく不気味に思えて来た。


「何なの? 温泉を領外の人に広めることは出来ないというの?」


 レイシアの調査は無関係の商人や冒険者にも広がっていった。そんな時、ギルド長から不思議な話を聞いた。


「ああ。俺もな、昔小汚い冒険者の野郎どもに温泉に入って身ぎれいにさせようと躍起になった時もあったんだが。誰も入れることが出来なかったな。なにか不思議な力が働いているようだ。まあ、温泉だしな」


 メイド長も教えてくれた。


「ええ。お客様へ温泉を進めるように先代の旦那様から言われたことがありましたが……。結局誰も温泉までお連れすることは出来ませんでした。言われてみれば不思議ですね」


 レイシアは、その結果を神父の下に持って行った。神父も結果を見て考え込んだ。


「おや、何をしているのでしょうか?」


 神官のマックスが話を聞いた。


「あれ、でも私がターナーに来たばかりの時、すぐに温泉に入りましたよ。あの頃はまだこの領にもなじんでもなかったですし、客扱いでしたし、私も間もなく帰らなければなりませんので領民として数えられていませんよね」


 もともとスパイとして送られてきた神官マックス。言われてみればおかしい。


「マックス。君は神の啓示を受けたんですよね」


 レイシアが特許を取った時の一連の神の祝福に巻き込まれたマックス。


「すると、神の意思が絡んでいるのか?」


 不思議なことは神の意志によるものかもしれない。そうとでも考えないと納得することが出来ないような現象。


「温泉はターナー領の聖域ですからね。そういう事があるかもしれないですね」


 神父がそう言ったので、この問題はこれ以上調べないことになった。神の意思ならどうしようもない。


 レイシアは礼拝堂に行き、水の神アクアに祈った。


「いつも素晴らしい温泉をお守り下さりありがとうございます。いつの日か、領外の人々にも温泉の恵みが享受できますように」


 アクアの像の目に埋め込まれている水晶がキラッと輝いたように見えた。



「なにこれ、最高! 温かいお湯でお風呂なんてさすが子爵様! あ~きもちいい!」


 レイシアは館のお風呂にお湯を張って、ルルにお風呂を勧めた。初めて温かいお風呂を体験したルルはそれはそれは感動していた。


(でも、温泉はもっと気持ちいいんだけどね)


 そう思いながら、ルルの歓声をきいているレイシアだった。

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