祝杯

 平民とは、貴族とは。私の進む道は?


 そんなことを考えて頭がいっぱいになっていたレイシアは、急にククリから声をかけられて動揺してしまった。


「えっ、ああ、お食事ですね。お祝い! お祝いだったら提供しましょう! 解散? なんですか? どうしたんですか?」


「落ち着け。みんな疲れている。簡単なものでいいぞ。それでもいつもより贅沢だ」

「いえ、せっかくですから豪華にしますよ」


 レイシアはテーブルを出し、真っ白いクロスを掛け、温かいスープの入った鍋とテーブルからあふれそうな程の料理を並べた。


「今日はお祝いですから、お金とかいいですよ。それからこれは私からの差し入れです」

 

 レイシアはそう言うと、麦酒を出しグラスに注いだ。


「今日はお祝いですから一杯だけですよ」

「おっ、酒か」

「麦酒だわ」


 黄昏の旅団のメンバーのテンションが上がる。


「酔っ払われたら面倒なので一杯だけです! サチもいる?」

「私はいいよ」

「そう? じゃあお茶でいい?」


 そんな感じでみんなにグラスやカップが行き渡り、ククリが挨拶をした。


「やっと念願のホワイトベアを狩ることができた。レイシア達ブラックキャッツのシルバーウルフの討伐は見事だった。全員の無事な姿に感謝を! 武の神マルスに『カンパイ』」


「「「カンパイ」」」


 天に向かってグラスを捧げる。その後は思い思いに料理を味わった。


「何このお肉! このソース!」


「このパン、前も食べたが柔らかくて美味いな」


「麦酒もう一杯」「ダメです」


 野営とは思えない豪華な料理と、勝利の喜びに、何もかもどうでもよくなったかのように盛り上がった。



 そんなパーティも終盤になると、ククリからこれからの方針が語られた。黄昏の旅団の解散についてだ。


「さっきメンバーとは話したんだが、黄昏の旅団は今回の仕事を終えたら解散する。ああ、そんな顔しなくていい。元々そういう流れではあったからな」


 ククリはレイシアとサチを見て言った。


「さっきは助けに入ってくれてありがとうな。あれがなければ総崩れで何人死んでいたかわからん。お前たちには返せない程の恩義ができた。まずは心から感謝をさせてくれ」


 そう言うとメンバー全員立ち上がり、「ありがとう」と頭を下げた。


「いえいえ、たいした事はしていませんよ!」


 レイシアはあわてて否定したが、ククリはそれを無視して続けた。


「あれがたいしたことではない、そう言い切れるお前たちは確かに強い。才能も実力も特級品だ。だが、常識がなさすぎる。冒険者にもならずに平民になるなどと言い出すくらいにな。とりあえず、俺たちはお前らをサポートする。見てらんねえんだ、危なっかしすぎてな。詳しいことは、領主に討伐報告をした時に領主を交えて話そう。お前たちがそれを受け入れるかどうかは、その後決めてくれ。だがな、その前に勝手に動くんじゃないぞ」


 ククリの真剣な話し方に、レイシアとサチは頷くことで答えた。



 いつの間にか、ゴートが木にもたれて眠っていた。死にそうになった精神的な疲れと麦酒がいい具合に回ったからだろうか。

 ククリとケントやれやれと言いながらがゴートをテントへ運んだ。


「私ももう無理。後で交代するから先に休んでもいいかな」


 ルルがそう言うと、レイシア達は「いいですよ」と答えた。


 ククリとケントは、レイシア達と夜警の順番を話し合い、先に休むことにした。結局、一番体力が残っていたのはレイシアとサチだったから。


 黄昏の旅団全員が寝たあと、レイシアは魔法で皿を洗い洗濯を始めた。ついでに温かい風を自分とサチの間に吹かせていたので、まったく寒くない夜警の時間を過ごしていたのも、黄昏の旅団のメンバーは知ることがなかった。

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