閑話 ククリの恐怖
森の深層に潜ってからの、彼女たちの動きは何だ? いや、確かに彼女たちの実力を認め、恥を忍んで露払いを頼んだ。もちろん契約外の仕事だ。終わったらちゃんと活躍分支払いに上乗せするつもりだ。しかし、ヤツらが狩ったという魔物が出て来た時、開いた口がふさがらなくなった。
「マウントゴリラ」「ブリザードアリゲーター」「はぐれゴブリン」
どれも2人で狩れる魔物じゃない! 聞くと休んでいる所を背後から一撃で倒しただと!? 確かに首にしか傷跡はない。おまけに暴れたら倒せるはずはない。
気配を消すのが異常なほど上手いのか? それならなんとか理解できそうだ。そう思って納得し、危険なことはしないように2人に釘を刺した。
◇
クマが現れた。俺は初日に魔物を倒したであろうサチに戦力として混ぜるべきかどうか確認した。
「あれが寝たとして、一撃で倒せるか?」
一撃で倒せるならそれに越したことがない。しかしサチは獲物を見るとこう言った。
「無理ね。一撃では倒せる気がしない」
だろうな。ならばこいつらを戦闘に混ぜるわけにはいかない。いくらCランクだとは言えまだまだ新人。それに一撃必殺の戦闘スタイルでは相性が悪いだろう。
「だろうな。よし皆、あれは黄昏の旅団だけで倒す。レイシアとサチ、ブラックキャッツは戦闘に加わらず安全な所に避難していてくれ。そうだな、少し離れた木の上で俺たちの戦いを見ていてくれ。いろいろ勉強になるだろう」
そう言って安全な場所に行くように指示をした。
◇
クマとの戦闘は長丁場だ。しかし今回はセオリー通りクマが反応してくれる。大分薬も仕込めたし、後はクマの体力が削れるのを待ちながら薬が効くのを待つだけ。
のはずだった。
クマが俺の攻撃に反応しない? しまった。まれに起こると言われている現象が今起こっただと! まあ、この状況は想定済み。ケントにも対処の仕方は伝えて……あ……る? まずい! あいつパニックを起こしたのか⁈
安全な後方支援に慣れさせすぎた。とにかくクマをこちらに留めないと。
しかし、クマは一気にケントとの距離を縮め攻撃を加えようと立ち上がった!
ギャァァァ——————————
クマが叫びながらのけぞり、なぜかケントが吹っ飛んだ。ケントの隣にはサチ。クマの前には、見たことのない細身の剣を構えたレイシアが立っていた。
もんどり打って転げまわるクマ。殺気あふれるレイシア。今にもナイフを投げようと構えるサチの殺気も尋常でない威圧を放っている。
2人の殺気に俺たちは身動きができなかった。
クマが激しく踊るようにのたうち回る。2人から殺気が消え、サチがケントを立ち上がらせる。サチがレイシアに近づき耳打ちをした?
サチとレイシアは、大きく頭を下げながら叫んだ。
「「お邪魔しました〜! じゃあ私たちはこれで!」」
「え?」
「えっ?」
「なに?」
「はぁ?」
何が起こったんだ? お邪魔しました?
訳が分からない状況に呆けてしまったが、不意に我に戻る。そうだ、まだクマは倒されていない。俺たちは、安全に気を付けながら、時間をかけてクマを倒した。
◇
「あの巨体を丸まる運べるなんて……、解体も帰ってからゆっくりできるとは。本当に規格外だな」
こいつらもう分からん。俺たちの常識じゃ計り知れん。このミッションが終わったら解散しようと誓いあっていたが……、最後にこんな規格外のヤツらと仕事ができたのは俺たちにとって幸運と言うより他がないな。しかし、こんなことが知れ渡ったら大変なことになるぞ。こいつらの人生が変わる。本当に冒険者か傭兵にでもなりたいのなら別だが、領主の娘にメイド。もっとやりたいことや出来ることがあるだろう。利用したい奴らはいくらでも出てきそうだ。とにかくバレないようにしないと。
そんなことを考えていたら、いつの間にか周りを魔物が取り囲んでいた。
◇
シルバーウルフの群れ。15~6頭。絶えず狩りのため移動しそこにいる魔物を喰らいつくすA級の魔物。血の匂いを嗅ぎつけたか。最近のクマの出没も、こいつらが来たせいか! 逃げるために人里に来たのか。
どうやって逃げればいい? このままでは全滅だ。
「レイシア、狩った獲物、クマでもなんでもいい、ヤツらの方へ投げ出してくれ。餌があればこちらには興味を無くす。その間に逃げるぞ!」
金より命だ! そう頼むとレイシアは木の上を渡ってシルバーウルフの群れに近づき上からボアを落とした。
シルバーウルフは一瞬飛び退き、それがボアだと分かると一斉に飛びついた。だが、半数程はボアにありつけない。ジリジリとこちらの方を伺い始める。
「もう一頭!」
俺は叫んだ。少し離れた所にボアをまた落とすレイシア。3頭のボアで全部のシルバーウルフが餌にありついた。
「今のうちに逃げるぞ」
俺は撤退の指示を出した。ところがレイシアがこう言った。
「こいつら、ヤバいやつですね」
「ああ」
「村に来たらたいへんですねえ」
「ああ。とにかく帰って知らせないと」
「黄昏の旅団は狩らないんですね」
「そんなことできるか! 早く撤退するぞ」
「そんなら。サチ狩るよ! 1頭残らず殲滅だ!」
お嬢様とは思えないドスの効いた口調。俺は叫んだ!
「止めろ! 死ぬ気か!」
「うるさい! 臆病者は引っ込んでな。こいつらはブラックキャッツの獲物だ。手ぇ出さずに引っ込んでやがれ!」
ちくしょう、冒険者として宣言しやがった。こうなるとどうしようもない。冒険者同士の問題だ。俺はどうすりゃいいんだ! 見捨てて逃げられるか! しかし共倒れになってもいけない! 距離を取って4人で固まり、事の成り行きを見守るしかなかった。
◇
レイシアたちは俺たちの反対側に回った。こちらに被害がないように気遣ったようだ。バカな! 助けに入りづらくなるじゃないか!
木と木を飛びながら移動し、各々別の木の枝に立つレイシアとサチ。一頭のボアの肉を貪る狼5頭にナイフを投げた。
「「「「ウギャ—————」」」
首に、喉に、的確に刺さったナイフで5頭はありえないような動きをしながら倒れ込んだ。残り11頭。倒れた群れに近づくもの、レイシアとサチの殺気に気づき木の上を見つめるもの。そして、敵を発見すると一斉に木に向かって駆け出した。
ナイフは更に3頭を倒し、5頭を傷つけた。レイシアは、木を渡りながら足場の良さそうな地面に降りた。サチはそれをフォローするようにナイフとフォークを投げ続けていた。
地面に立ったレイシアは細身の剣を構えた。8頭の狼がレイシアを威嚇する。レイシアの側に、リボンと宝石のついた短刀を持ったサチが並んだ。
レイシアがサチを見てニヤッと唇を上げた。それを合図にサチとレイシアが飛び出した。
……………………美しい。そう言うしかなかった。
サチの短刀は狼の喉を次々と切り裂き、レイシアの剣は首を
彼女らは、一滴の返り血を浴びることもなく、この戦いを終えたのだった。
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