死闘 ①

「安い訳ないだろ! これだけの獲物!」


 旅団の会計役ゴートが怒ったように言葉を発した。


「これから倒そうとするホワイトベア程ではないが、こいつら一匹でも倒せるようになったら、CランクからBランクを目指していいと言われている魔物だ。なりたてのCランクが相手をしていい訳がない。俺たちだって、2年前「マウントゴリラ」は倒したことがあるが、あの時は1時間にわたる大激闘だったんだ! そんな魔物が安いはずないだろう!」


「じゃあ高いんですか?」

「もちろん。しかも一撃で倒しているから下手に捌くなよ。そのカバン時間が止まるんだろう? だったら解体せず、そのままの形で納めた方がいい。そんな完品出たことないから、いくらの値がつくか正直読めない。最低でも金貨7、いや10枚はつくな。いや、オークションならもしかしたら……」


 ブツブツと計算を始めたゴート。各パーツの値段を考えているようだ。ククリが戦闘の状況を確認した。


「君たちの武器はナイフが中心だよな。サチは少し長い短刀を持っていたみたいだが」

「そうですね。サチ出して」

「これですか?」


 サチがウエディングケーキナイフを差しだした。ククリが手に取りしげしげと見る。


「すごいな、宝石が散りばめられている。一体なぜこんなに豪華なんだ? それはともかく研ぎが凄いな。よく切れる短刀に宝石。違和感しかない。このリボンは? 何のために?」


 まさかウエディングケーキを切るためですとも言えぬ2人。子爵家の家宝ですと誤魔化した。いや、確かに家宝だったのだが。


「それはともかく、狩った時は全て気づかれていなかったんだな?」

「はい。だから一撃で倒せました」

「この剣で首を刺して?」

「そんな感じですね」

「そうか。確かにあのボアを仕留めた時にサチの動きなら、背後から気付かれずに近づけられれば一撃で倒せられそうだ。しかしだ。君たちには危険すぎる。これから先は無茶をするな。安全第一、これが黄昏の旅団のモットーだ。君たちも心掛けてくれ」


 ククリは若い2人を心配して言った。たまたまラッキーが重なって、実力以上の感覚になる時がたまにある。そんな時無茶をして大怪我をするケースは、自分たちにもあったし周りでもよく見てきた。ククリは長年の経験からレイシアとサチがその危ない状態になっていると判断した。2人はククリの言葉にうなずいた。


「でも、おかしいわね?」


 ルルがつぶやいた。


「こんなに強い魔物、いくら深層とは言えもっと深い所にいるはずよ。こんな浅い所に3頭もいるなんて……」


 しかし、「考えてもしょうがないわね」と話は打ち切られた。



◇◇◇



 森の深層に入って3日目。ついにホワイトベアの足跡を見つけた。近くに木には爪を研いだのか、新しい傷もあった。


「近くにいるぞ。全員武器を装備」


 レイシアが武器を配る。サチが「高い所から確認する」と木に登った。


「太陽と真逆の方向、約200~300M先に獲物を狩っている熊を発見」


 サチが告げた。一気に緊張感が走る。「風下から近づくぞ」とククリが指示を飛ばした。


 大回りをしてホワイトベアに近づけたのは、発見してから20分後。慎重に慎重に移動していった。ホワイトベアは獲物を取りに来る獣が来ないか警戒しながら食事をしていた。


「気が立ってるな。食事が終わるまで待つか」


 そう言うとサチに向かって確認した。


「あれが寝たとして、一撃で倒せるか?」


 サチは獲物を見ながら、イメージをしてみた。


「無理ね。倒せる気がしない」

「だろうな。よし皆、あれは黄昏の旅団だけで倒す。レイシアとサチ、ブラックキャッツは戦闘に加わらず安全な所に避難していてくれ。そうだな、少し離れた木の上で俺たちの戦いを見ていてくれ。いろいろ勉強になるだろう」


 ククリは2人の安全を第一に作戦を立てた。そう、契約ではあくまでポーターとしての参加。危険な目に合わせるわけにはいかない。


「黄昏の旅団の獲物ですね。分かりました、手は出しません」


 レイシアはうなずいた。


「よし。じゃあ隠れる前にレイシア、しびれ薬を出してくれ」


 ククリはレイシアからしびれ薬を貰うと全員武器にしびれ薬を塗るように指示した。


「大物を倒すときは長期戦を覚悟するんだ。速攻では効かないが、案外役に立つものさ」


 2人にそう言うとニカっと笑った。



 


戦闘は、ケントの矢の打ち込みから始まった。クマはさほどダメージを感じないのか立ち上がり大声でうなり声を上げて威嚇。そこへ腹にむかって連射。怒り狂ったクマは矢を折るとケントに向かって飛び掛かろうと四つ足を地面につけた。


 その瞬間、背後からククリがクマの尻に剣を叩きつける。たいした傷はつけられないが、ヘイトはククリに向いてケントの危機は去った。すかさず守りを固めながらその場を移動するククリ。ククリに意識があるクマに、ルルが攻撃して2人とも逃げては隠れる。ゴートは全員の動きを見ながら適切に指示しを出し、戦場をコントロールしていた。


 ヒット アンド アウェイ。


 これが黄昏の旅団の、大物に対する戦闘スタイル。派手な攻撃ではないが、着実に獲物にダメージを与え続ける。



 身を隠しながら攻撃を続ける旅団のメンバーたち。30分程経った頃、クマの足にふらつきが出て来た。


「よし、薬は効果が出て来た。この分だとあと30分で勝負がつきそうだ。確実に薬を入れるんだ!」


 ゴートのサインにうなずき、武器にしびれ薬を塗り直すメンバーたち。地味な攻撃だが手数が多く、近づくため危険を感じることも多い。精神と体力はどんどん削られていく。


 クマも長期戦を覚悟したのか、一度丸まって体力を回復している。野生動物は、魔物であろうと持久力より瞬発力にたけているもの。次の攻撃に向け威嚇をするのは忘れない。


  シュッ


 ケントの矢が放たれ再戦の火ぶたが切られた。すかさず後ろからククリが攻撃。



 …………だが、クマはククリを無視しケントを見つめていた。



 クマは度重なる攻撃を受けたが、どれも致命傷にならないのに気がついた。それならちょこまかと動く2人より、遠くで立って攻撃するヤツをまず潰そう。そう考えたクマは、ケントに向かって雄叫びを上げ、後ろ足を蹴り上げ、一気に駆け出した。

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