聖歌

 次に神父が中央に立った。人々を眺めた後、教会の方に向き直しお祈りを始めた。

 体も温まり、頭もすっきりすることができた人々は、神父の祈りを素直に受け止めることができた。


   大地は我らを育み、木々は我らを守り育てる

   森の神ボナよ われらに恵みを与え給うこと感謝いたします


 終わりのフレーズを言い終わった神父に対し、人々からボナへの祈りの声が上がった。


 ここ何十年と発せられることのなかった人々の祈りの声。


 前任者が失わさせた神への信仰心が、かすかではあるが人々の心に宿った。

 領主が大きな声で人々に語り掛けた。


「我々はホワイトベアの大量出現により、大きな被害を被った。しかし、そこにレイシア様が現れて私たちを救ってくれた。レイシア様の故郷ターナー領は数年前、未曽有みぞうの災害に遭われたばかりなのにだ。レイシア様は我々を救った後、一番に教会へ向かい、寄付をし掃除を始められた。この美しく磨き上げられた教会を見てくれ! レイシア様とメイドのサチ嬢がこれほどまでに心を込めて清めてくださったのだ。レイシア様のターナーは神と共に復興している。レイシア様は神の使いとして、我々が忘れていた神への感謝と祈り、それを私たちに教えにきたのだ。大地に立ち森と共に生きてきた我らの祖先の歩みを取り戻そう。我々を守り育てるボナ様へ、心からの祈りを」


 神父が祈りの言葉を捧げた。人々が後に続き祈りの言葉を発した。

 広場全体に軽い興奮と一体感が生まれた。


 レイシアがサチに目配せをした。

 サチはオルガンを静かに弾き始めた。


 静まり返る会場に、落ち着いたオルガンの演奏が響き渡る。前奏が終わりオルガンが止まると、一瞬、静寂が会場を支配した。



  ♪遥かーな———



 レイシアの歌声だけが広場に染み入る。透明で凛とした歌声。伴奏が途切れている分、ストレートに耳に、胸に届く。まるで天使からささやかれているように。その一言が皆に届いた瞬間、サチが伴奏を再開する。天上から降り注ぐ音楽のように。



  ♩むかしよ——り  人は、神と、共に————

   見守られ——て  抱かれ————て



 それは、神と人とが寄り添い祈りあう聖歌だった。中央では廃れ忘れられている聖歌。神を権威化するにはふさわしくない、神と人とが融和していた時代の聖歌。楽譜で残っていたものを、バリューとマックスの神父2人が発掘し孤児に仕込んだ歌。



  ♩讃えよう———— 神の————

   めーぐーみ————  を—————


 高らかに歌い終わったその時、教会の背後の雲にいくつもの細かい切れ目ができた。雲の切れ間からたくさんのの光の筋が出現した。その一つが、レイシアを背後から明るく照らした。


 オルガンは曲を締めくくるため、荘厳な音色を奏でていた。

 天上から降り注ぐ光と、荘厳で美しい音楽は、人々が神の存在を信じるには十分すぎる演出となった。


 音と光に包まれるレイシアを見て、どこからともなく「天使様」「神の御子様」と声が漏れた。それは大きな波となり、広場は歓声に包まれた。

 人々は、レイシア、神父、領主を取り囲み、興奮したままほめ讃え続けた。




 その光景を見ながらサチは、(どう報告すればいいの? この異常な状況! レイ、またやらかしたよ!)と頭を抱えていた。





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