孤児院

「神父様、それはどういう事なんですか」


 サチが思わず口を開いた。

「私は孤児院で育ちました。孤児院で教育を受け、レイシア様のメイドになれました。なぜ、孤児院がお嫌いなのですか」


 それを聞いた神父は驚いて言った。


「孤児上がり? まさか! あなたのような人が」


「本当です」

「ええ、サチは確かに孤児院で育ちました」


 レイシアも神父に向かって言った。


「しかし……。そうですか。どこの孤児院にいたのですか?」

「ターナー領の孤児院です」

「そうですか。……噂は本当でしたか」


 神父はふぅと息を吐くと、ゆっくりと話し出した。


「私はね、孤児院が嫌いなんだ。それはね、ほとんどの孤児院が、孤児を奴隷にするために生かしているからなんだよ」

「どういうことですか? 奴隷?」


 サチは聞いた。


「ああ。孤児院に入った孤児は、最低限の食事と過剰な労働で大半の子供が死んでしまう。それでいいんだ。人を育てるには金がかかるからな。私が言ってるのではないよ。これが教会本部の考え方なんだ」

「そんな……まさか……」


「そして、生き残った者は奴隷として売買される。私はそれを知った時いたたまれなくてね。何とかしようと働きかけたんだ」


「「どうなりました?」」


 レイシアも身を乗り出して聞いた。


「その結果が今だよ。出世コースの神官から外され、神父としてこのクマデに左遷させられた。だから私はここの孤児院にいた子に仕事を覚えさせ、領民に仕事をもらえるように働きかけた。新しく来た子供は、すぐに養子にして面倒を見てくれる所を探した。小さい村だからなんとかできたんだよ。最後の孤児が冒険者として独立したあと孤児院は無くした。それ以降は、孤児が出たら親類を探してなんとか引き取ってもらっているんだ。みんな顔見知りだからね。だから、ここには孤児院がないんだよ。私が潰したんだ」


「孤児院って……、そんなにひどいのですか?」


 呆然と聞いているサチの隣で、レイシアが神父に聞いた。以前から、様々な人に「ターナーは別だ」と聞いてはいたのだが、他がこんなにもひどいなどとは思ってもみなかったから。


「ああ。孤児は侮蔑ぶべつの対象だ。私の知っている孤児院の職員は孤児の食事をエサと言っている者さえいたよ」


 サチは泣いていた。孤児院を出てからも孤児院を手伝い、毎月給金から少しづつだが寄付していたサチ。本当の兄弟、姉妹のように育った子供たち。他の孤児院だったら奴隷になるの? その姿を想像しては、居ても立っても居られない気持ちがあふれた。



 サチが落ち着くのを待つ間に、神父はお茶を入れた。静かな空間では、サチのシャックリがリズミカルに響いた。号泣した後シャックリが止まらなくなったのだ。


「ううっ……すみません。感情的になってしまいました」


「いいんですよ。気持ちは吐き出したい時に吐き出さないといけません」


 神父は優しく言った。


「それにしても、そんなにターナーの教会と孤児院は素晴らしいのでしょうか? 想像がつかないのですが」


 神父の言葉にレイシアが反応した。


「ええ。私も毎日のように教会と孤児院に通っていましたわ」

「孤児院に通う?」


 驚いて声を上げた神父に、レイシアは孤児院での教育体制や子供たちの育て方、日々の活動、今は法衣貴族の子供まで通っていることなど、次々に話していった。途中からサチも混ざり、神父と領主は驚きながらも質問を繰り返した。


「そうですか。そんなに素晴らしい孤児院に……しかし、教会本部からよく何も言われませんね」


「嫌がらせは受けていますわ。復興資金を回して貰えなかったと父と神父様が怒っていました」


「はあ〜。やりかねないですね」

「その分、好きにできてますけど。ターナーは例外だとよく言われていましたが、こんなにも違うものなのですね」


「ええ。まるで教会本部が魔王の国のように思えてきます。他では言えませんがね」


 神父が「ははは」と気を落として笑った。



「クリフトはすごいな。私も見習わなければ。しかしな……教会か……」


 領主は悩み始めた。教会に歯向かうわけにはいかないのが、貴族としての処世術。孤児院を無くしたのも、実はよく思われてはいない。


 神父と領主はため息をついた。


「まずは、教会の復興から初めてはいかがでしょうか」


 突然レイシアが言った。


「失礼ですが、見たところ掃除まで手が回っていないご様子です」

「恥ずかしい話です。私一人では中々てが足りないのですよ」


「朝の礼拝は、どのくらい人が来ますか?」

「1人2人……くればいい方です。誰も来ない日が度々あります」


「それは、前任者のせいでしょうね」

「よくおわかりで」

「ええ。神父様に信用がなければ孤児を引き取る人などないでしょう? そうであれば、前任者が来ないようにしていた。あるいは朝の礼拝を行っていなかったか……」


 レイシアは、領主に言った。


「明日朝、私が教会の素晴らしさを伝えます。ルドルフ様、そのことを今日中に皆さんにお知らせ願えますか? 今なら来てくださる方がいると思うのです」


「確かに今レイシア様が来てくれと呼びかければ来る人も大勢いるでしょう。しかし、何を話すのですか?」


「教会と神の素晴らしさです」


 領主は、失敗しても今までと変わらないだろうと、レイシアの頼みを執事に命じた。


「ありがとうございます。じゃあ掃除するよ、サチ。教会をピカピカに磨き上げるよ!」


 いきなり言葉づかいと態度が変わったレイシア。平民のように働く2人を見て領主も神父も驚き、止めようとした。しかし2人を止めることはできず、レイシアとサチは自分たちが満足ゆくまで掃除を続けた。


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