教会

 夕方、レイシアとサチは領主の館に招かれた。旅団のメンバーも誘われたが、兄の家でくつろぎたいとククリが言い、それに乗るように彼らはトトリの家で休むことにした。


 レイシアとサチは領主から手厚い歓迎を受け、冷たいお風呂も準備された。


「あの、お風呂ですが、少し手を加えてもいいですか?」


 領主は意味が分からず「手を加える? ですか?」と聞き返した。


「ええ。水を温めるだけなのですが?」

「え?、ここで火は焚けませんよ?」

「大丈夫です。水を温めるだけですから。特技なんです」


 外は雪がちらつくほど寒い。こんな時冷たいお風呂になど入りたくないレイシアとサチ。


「はあ。壊さないで危険がないのでしたらご自由にどうぞ」

「ありがとうございます」


「メイドは何人必要ですか?」

「いえ、サチがいるので不要です」


 領主は訝しがりながらもその場を去った。


「サチやるよ。誰もいないか見張ってて」

「分りました」


 そうして、サチと2人温かいお風呂で一息ついた。

 次に入った領主の奥様が、温かいお湯に驚いたのだが、すぐに気に入って長湯をしたのは仕方のないことだった。



 夕食。サチも客分としてレイシアと一緒にテーブルに着いた。食事の前に、領主から改めて感謝の言葉が述べられた。


「レイシア様。本当にありがとうございます。ご覧になった通り、領民たちもこの冬を乗り越えられると喜んでおります。お父様のクリフト様にもこの感謝をお伝えください」

「分りました」


「それに、あの獣の数々。レイシア様とサチ様が捕らえたとのこと。よろしかったのですか? 我々にたまわって下さって」

「大したことはございません。ターナーも以前災害で苦しんでおりました。その時手を差し向けてくれましたよね。災害の辛さは身に染みております。こんな時こそ手を取り合わなければいけませんわ」


 レイシアはそう言いながら、お母様の事を思い出した。あの災害がなければ……。そう思いながら、言葉を続けた。


「父からも、あの時の礼を伝えるように言付かっております。本当にありがとうございました」


 領主は、「もったいない! こちらこそ礼を尽くさねばなりませんのに」とお礼を返し、レイシアたちを席に座らせた。

 お祈りの後食事を始めた。食事をしながらレイシアは、お父様とお母様の学園生活を領主から聞いた。母アリシアがどれだけ父クリフトに付きまとい、片思いから交際するに至ったアリシアの頑張りを聞いた時には、「お母様の方が積極的だったんですか⁈」 と声に出し驚いていた。

 サチは領主に、レイシアのカバンの事、一連のやらかしを口外しないように頼んだ。領主も事の大きさがあまりにも常識から外れていること、それによって、レイシアの身にいらないトラブルが舞い込む元になると理解し、カバンについては緘口令かんこうれいを敷くことを約束し、領民にも他領の者に言わないように御触れを出すと約束した。

 奥様は、お風呂についてとても熱く語りどうすればお湯になるのか質問したが、「特技なのでまねできません」と答えられ落胆していた。



◇◇◇



 翌朝、黄昏の旅団を呼びにサチが出向くと、二日酔いでヘロヘロになったククリが「今日は休日。寝るぞ!」と宣言をした。長い旅の緊張感から解放され、さらに昨日のレイシアのやり過ぎに驚き、迎え入れられた兄の家では功労者として集まっていた兵士たちから歓迎を受け、メンバー一同遅くまで酒を飲んでは武勇伝を語っていたのだ。酔いつぶれていても仕方がない。

 サチは館に戻りレイシアと領主に話した。2人は「しょうがないな」と話し合いの日程をずらすことにした。


「予定がなくなりましたが、今日は何かしたいことはございますか?」


 領主が聞くとレイシアは答えた。


「教会へ案内していただけないでしょか?」

「教会へ、ですか?」

「ええ。お世話になる領地の神様は拝んでおくものでしょう? ここの教会はどのような神をまつっているのでしょうか?」


「クマデでは森の神ボナ様を祀っています。林業と果樹で成り立っている村ですから」


 領主はそう言うと、執事に命じて教会に行く準備を始めた。



「ようこそお越しいただきました。領主様、レイシア様」


 神父は入り口まで出迎え、中に案内した。

 礼拝堂の中で神父が祈りを捧げる。レイシアとサチ、そして領主一行も席に着き一緒に祈った。


 お祈りが終わった後、神父はレイシアたちを応接室に招いた。


「初めまして。私はここの神父、ダイエと申します」

「初めまして。レイシア・ターナーです。こちらはサチ。私の侍従メイドですわ」


「レイシア様。昨日は誠にありがとうございました。領民一同感謝しております」

「いいえ、お互い様です。お役に立ててよかったですわ」

「ええ。本当にありがとうございました」


 神父はていねいにお辞儀をし感謝を伝えた。


「それは別にして。こちらを教会に寄付させて頂きます。お受け取り下さい」


 レイシアは銀貨3枚を神父に渡した。


「おお、教会にまで。なんと信心深い。レイシア様に神の恵みがあらんことを」


 神父は非常に喜び、神に祈ると再び礼をした。


「それから、こちらは孤児院にお使いください」


 レイシアが、銀貨1枚を神父に手渡そうとすると、


「孤児院ですか? レイシア様、ここには孤児院はございません」


 と神父は声を強めて否定した。


「えっ?」


「レイシア様。…………私は孤児院が嫌いなのですよ。あんなもの無くなってしまえばいい」

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