クマデ男爵との対面

 トトリは急いでメモ程度の手紙を書き、領主の所に届けるように手配をした。先触れを怠るとろくなことにはならない。


「失礼いたしました、レイシア様。お茶を嗜んでからご案内致します」


 トトリは奥方にお茶を出すように頼んで、客間に全員を案内した。


「お気使いありがとうございます。些細なものですけれど、こちらをお納めください」


 レイシアは、何かあった時用に困らないように用意していたクッキーを手渡した。王都で買ったのではなく、レイシア好みのほんのり甘い自家製のお手製のクッキー。


「私の手作りなので、お口に合うか分かりませんが」


 レイシアがそう言うと、驚きを隠せないのがガーナ夫妻。


「レイシア様がお作りになったのですか? なんと勿体ない」


 貴族、ましてや子爵令嬢が手作りのお菓子を焼く? ありえない物が目の前にある。よほどひどい物の自慢か嫌がらせか。夫婦に緊張が漲った。


「で、でしたらお持たせで失礼ですが、お茶うけに使わせて頂きますね」


 困った奥様は、皆に振舞うことで責任を回避しようと頑張った。そう、責任は全員で負えばいい。不味くても公平に分け合おう。義弟もその仲間も今は平民。一緒に責任を負ってもらっても問題ない。そんな打算も無意識にあった。


 それほど、気を使わなければいけないのが、貴族の手作り贈り物。

 レイシアはそんなことは知らずに、にこにこしていた。


 お茶とクッキーが全員に配られた。レイシアがクッキーを手にする。


「私の持ち込みなので、毒見は私がしましょう」


 サクッ、と音を立ててクッキーを頬張る。サチも続いてクッキーを手にする。

 黄昏の旅団のメンバーは、おいしいに決まっていると、思いっきり口に放り込んだ。


 ガーナ夫妻も、恐るおそるクッキーを口にした。

 サクサクとした食感は初めての体験。甘すぎないがコクのある味。バターの香りが口いっぱいに広がる。


「「おいしい」」


 2人は同時に称賛の声をあげた。


「よかった。王都のクッキーは私には甘すぎて。私好みにレシピを改造したのでお口に合うか心配でした」


「すばらしい! 自分も妻も田舎の出なので王都の甘味には慣れなかったのです。このクッキーは素晴らしい! なあお前」

「ええ。こんなに口当たりの良いクッキーは初めて。どのようにつくられたのでしょう。まったく分かりませんわ」


 旅団のメンバーも「うまい、うまい」と絶賛し、なごやかにお茶会は過ごせた。レイシアは、村の状況、困ったことなどをガーナ夫妻から聞き出した。


「とにかく、クマのせいで狩りにも思うように行けず商人も近寄らない。元々雪のせいで商人が来るのが少ない時期なのに。秋に果物を売って小麦を仕入れるはずが、商隊が襲われてな。果物も売れず小麦の備蓄も尽きそうなんだ」


 クマデは山間の小さな村。小麦を作れるような平地がなかった。木材や果樹、また狩り、食肉や革の加工で成り立つ村だった。


「狩人、衛兵が協力して、2頭は倒せたがまだ1頭が残っている。大勢の者が怪我を負って、今は討伐隊が組めないんだ」


 思った以上に深刻な状況。ククリはそこで口を挟んだ。


「そのために俺たちが来た。兄さん、俺たちが何とかする。だから手を貸してくれ」

「ククリ。ありがとう」


 そこに使いに出した部下が、領主の手紙を届けに来た。


「すぐにお越しいただいて結構と仰られました」

「分かった。レイシア様、よろしいですか?」

「ええ。案内をお願いします」

「お前たちも行くか? ククリ」

「ああ。クマ退治の件も話したいからな」


 こうして、一同揃って領主の館に出向くことになった。



「初めまして。クリフト・ターナーの娘、レイシア・ターナーです。父から手紙を預かってきました」


 制服のスカートをつまみ、カテーシーをするレイシア。領主も挨拶を返す。


「私はルドルフ・クマデ。よく来てくださいました。そうか、君がクリフトの娘か」

「父をご存じで?」

「ああ。学園で一緒に学んでいた。もっとも、出来は違うがな。よく勉強を教えてもらったよ」

「そうなんですか?」


「アリシア。君の母親とも仲良くさせてもらったよ。学生の時から仲が良くてな、あの二人は。あの頃は楽しかったよ。君はアリシアに面影が似ているね」


 久しぶりに聞くお母様の話。レイシアは胸が熱くなった。


「昔話は後でゆっくり聞かせよう。それで今日はどのようなご用事でしょう?」

「こちらを。父から手紙をお渡しするように言付かってます」


 レイシアはサチに手紙を預け、執事に渡した。執事は領主とアイコンタクトを取ってから、ペーパーナイフで封を切り領主に手渡した。


「そうか。ありがたい。食料を支援して下さるのですか。レイシア様感謝いたします。それで、荷物はどちらに?」


「ええ。荷物をお渡ししますので、食料庫か倉庫に案内していただけますか?」


 領主は執事に、すぐ移動の準備を始めるよう命じた。



「レイシア様、こちらが備蓄庫になります」


 馬車で移動した先の倉庫には、わずかな小麦の袋と干し肉しかなかった。


「これだけ……。大変ですね。間に合ってよかった」

「ええ。助かります。もう数日で無くなるところでした。明日、無理して狩りをする予定でした。けが人が出るのを覚悟で」


 レイシアは倉庫の中を見渡して、どの位必要か考えていた。


「それで、食料はどちらに? 村の外でしょうか? 我々が引き取りに参ります」


 執事はていねいにレイシアに聞いた。空手で来たレイシアに早く場所を聞きたかった。


「ではお出ししますね」


 レイシアはカバンから、小麦の袋を次々に取り出した。


「「「なに!」」」


 どこからともなく積みあがっていく小麦の袋。初めて見た領主一同どころか、カバンの存在を知っている旅団のメンバーさえも、あんぐりと口をあけて呆然としていた。


「すごいな。カバン」

 ククリがつぶやく。


「「「なんですかこれは! レイシア様!」」」

 領主たちが口々に叫ぶ。


「小麦ですわ」

「そうじゃなくて! どこから出したんですか! こんなにも沢山の小麦袋。いつ?誰が? え?」


 領主一同パニック状態。落ち着くまでは何を話しても伝わることがなかった。

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