嫌な商人(ざまぁ有ります)

 その後は魔獣も出ず、パーティは野営予定地に着いた。広い場所なので先客がいた。近寄ると商人の馬車があり、彼らは食事の用意をしている所だった。リーダーのククリは挨拶をしに近づくと、先ほどのボアを押し付けたヤツらが護衛として働いていた。


「おまえら! さっきはよくもやりやがったな!」

「けっ、生きていたのか。面倒な」


 悪びれもせず言い返す護衛たち。言い争っていると、主人が出て来た。


「どうしたんだ」

「いやご主人。さっきの魔物を撒いてきたら、こいつらが退治したらしいんですよ。それでいちゃもんつけられているんっすよ」

「違うだろう! お前らが俺たちに魔物を押し付けて逃げたんだろう!」


 言い合いを聞いていた商人は「けっ」と唾を吐くと、


「小汚い冒険者だな。褒美がほしいのか?」


 と小銀貨を5~6枚放り投げた。


「違うだろう! お前の所の護衛が冒険者としてやってはいけない事をやった。それを咎めているんだ。あんたも雇い主ならちゃんとしつけな!」


「足りないのか? 強欲な。…………そうだな、そこの女2人なら一晩銀貨2枚はらってもいいがな。ははははは」


 商人は、いやらしそうな顔でルルとサチを見て笑った。

 護衛も笑い始めた。


「誰が仲間を売るか! 馬鹿にするな! 話すだけ無駄だったな。行くぞ」


 関わることすら時間の無駄にしかならない相手。さっさと離れようとすると、商人が呼び止めた。


「金は拾わないのか? そうか。じゃあ飯でもどうだ。お前らどうせ干し肉かなんかしかないんだろう? どうだ、これほどの料理を出せるとでもいうのか? 魔物を倒した褒美だ。ここで食って行かんか? 女たちだけでもいいぞ」


 馬鹿にしたような物言いで、ククリたちを煽る商人。話しかけるのも嫌だという感じで、メンバー全員離れて行った。



「なんなのあれ! あのいやらしい顔!」


 ルルは憤慨していた。


「質の悪い奴隷商人だなあれは。馬車の中に何人か捕らえられている。拘わるとろくなことがない」


 ケントはククリが言い合っている間探りを入れていた。馬車の中は半分が鉄格子の牢になっていて、男女4人が捉えられていた。


「助けるんですか?」


 レイシアが聞くと、


「だめだ。拘わるな。町に着いたら衛兵に密告するくらいだな。それしかできない。今もめ事を起こしても悪いのはこちらになるんだ」


 そうククリが答えた。

 ため息が漏れる中、ルルが腹立ちまぎれに言った。


「それにしても嫌味な人たちだったね。贅沢な夕飯を見せびらかしたり」

「金を投げ渡したりか?」

「そう! 腹が立つったらありゃしない」


 ククリに向かって愚痴を吐き出すルル。


「あの、じゃあ今日の夕食、私が用意してもいいですか?」


 レイシアが提案した。ルルとサチはピンときたが、男どもは分かっていない。


「レイ、あくまで冒険者としての範疇でね」

「やりすぎ注意よ、レイシア」


 2人は止めなかった。


「分りました。冒険者として料理を振舞いましょう!」


 レイシアは、男たちにかまどの準備を頼んだ。そして、カバンからさっき倒したボアを出した。


「サチ、解体するよ。手伝って」


 一気にボアを解体するレイシアとサチ。あっという間に肉の塊が積みあがる。


「さあ、串に刺してバーベキューの準備よ。ふわふわパンも焼くよ。フライパンで焼けるから冒険者にはピッタリね」


 鼻歌を歌いながら準備をするレイシアとサチ。パンを焼き肉をあぶる。香ばしい匂いとジュージューという脂の跳ねる音が静かな林に広がっていく。


 おまけとばかりに、温かい野菜スープもつくった。時間短縮のためにレイシアがお湯をこそっと出したのは秘密。


 あっという間に栄養満点、温かで香り高い、スペシャルな夕食が出来上がった。


「「「うまい! 移動中こんなうまい料理が食べられるなんて」」」

「いえ、町の中でも中々食べられないわ。最高よ!」

「柔らかいパンと肉汁、そこにかかるピリッとしたソース。初めて食べる食感と味」

「スープも素晴らしい! 体の芯から温まる。 このとろみはどうやってつけるんだ? いつまでも冷めないのはこのせいか?」


 夢中で食べながら感動を伝えあう黄昏の旅団のメンバーたち。レイシアとサチはいつもの食事としてしか見ていないため、周りの感動にちょっと引き気味だった。


「「「おかわり!」」」


 黄昏の旅団のメンバーが口をそろえて言った。


「ここからは別料金です。これはブラックキャッツの食料ですから」


 レイシアが毅然といった。


「今日は特別です。1人小銀貨3枚でいいです」

「高いな。でも払おう。おかわりをくれ」

「俺も」

「俺もだ!」

「わたしもいい? お願い」


 こうして全員お金を支払っておかわりをした。


「高くない? レイ」

「旅の途中の貴重な食糧よ。これでも安くしたつもりよ」

「そうだね」


 こういうことにはシビアなレイシア。でも、旅団のメンバーは楽しそうに食べている。


 商人たちが護衛を連れて見に来ていた。

 気がついたレイシアは、黄昏の旅団のメンバーに気づかれないように商人に近づいた。


「何をしているんだ」

「食事ですが、なにか?」


 レイシアが答えた。


「いや、楽しそうな声といい匂いがしてきたからな。なにがおきたのか見に来ただけだ」

「そうですか。問題ありませんのでお帰り下さい」


「いや、儂が一つ買ってやろう。お前たちの夕食とやらを」

「お買い上げですか? でしたらそうですね、金貨10枚でいかがでしょうか?」

「なに、馬鹿にしてるのか!」

「いいえ、砂漠の水は命の値段。ご存じですよね、商人でしたら。旅の途中の食料は言い値で分けるのが常識ですよね」


 正論で言い負かされた商人は、顔を真っ赤にしながら怒鳴った。


「黙らせろ! やれ!」


 護衛たちがレイシアに襲い掛かる。レイシアはその場を離れながら、護衛一人の股間を蹴り上げた。


    「うぎゃ——————————!!!」


 倒れ込んでのたうち回る護衛。サチが商人の首元にナイフを当てる。


「悪人には股間を蹴るのが一番早いとメイド長が言っていたけど本当ね。悪人がいなかったからやる機会がなかったけど、今日は実験し放題ね」


 レイシアが楽しそうにつぶやいた。知識はあるのに実践が出来なかった奥義。ここではいくらでも出来る! 私はもう一段高みに行ける! 笑いながら護衛2の股間を蹴った。


     「うぎゃ——————————!!!」 


 股間に手をやり青ざめる商人たち。


「次はだれにしよかな?」


 悪意はない。レイシアに悪意はなかった。ただ修行者としての真っすぐな思いと、マッドサイエンティストとしての研究心がレイシアを地獄の実験に進ませていた。


「蹴るのはもういいかな?」


 その言葉に安堵した商人たち。だがそれも一瞬で終わった。


「次はナイフを投げてみよう!」


 レイシアの手にステーキナイフが握られた。


「やっぱり実験はいろいろと試す事からだね」


 商人たちに死相が浮かんだ。…………その時、


「レイシアやり過ぎだ!」


 ククリが声をかけた。


「お前ら、うちのメンバーを襲うとしたのか? 相手してやろうか!」


 ククリが凄んだが、商人たちには凄んでいるククリより、笑っているレイシアの方が怖かった。


「申し訳ない。お前たちの食べている御馳走があまりにも美味そうだったから分けてもらおうと思っただけだ。行き違いは会ったが敵対する気はない。これで収めてくれ」


 商人は懐から財布を出すと、そのままククリの方に投げ渡した。


「頼む、これで勘弁してくれ!」

「二度と近づかないと誓え!」

「ああ。二度と近づかない。近づきたくない!」

「去れ!」


 そうして、商人たちは転がっている護衛を放ったまま、逃げるように去っていった。


「せっかくの実験が…………」


 レイシアが残念そうに言った。


 (((この子、民間人相手に金的の実験してるのか!)))


 大人たちは口々に、「悪人でもあれはやっちゃダメ! 禁止!」とレイシアをたしなめていた。冒険者ギルドの一員として、私刑リンチとか人体実験としての攻撃は禁止されているから。


 しかしサチはサチで、レイシアに


「私もやりたかったのに! どうだったレイ! すごく効いていたよね!」


 と目を輝かせて聞き、旅団のメンバーを凍りつかせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る