押し付けられた!
川に着いたレイシアたち。血で汚れた道具と上着を水で洗う。それなりに返り血を浴びていた男どもは、たき火の準備を終えると川の冷たい水で髪を洗った。
「これが夏なら全身水浴びするんだがな」
ブルブルと震えながらも、こびり付いた血は洗い流さなといけないと我慢して、頭を水につける。
「私も洗おうかな」
ルルが言うと、レイシアは「じゃあ、私が見張りしています」と、サチと一緒にルルについて行き、少し離れた場所で髪を洗うのを手伝った。
「あ~、パーティに女の子がいるとなんか楽ね」
気を使ってもらえる安心感か、ルルは頭を洗いながら言った。
「ルルさん。内緒にできますか?」
レイシアはいたずらを仕掛けるような笑顔でルルに言った。ルルは、(今度は何をやる気)と前回の地下道を思い出したが、「いいわ」と答えてみた。
レイシアは、洗った髪に温風を吹きかけた。
「なにこれ! 暖かい!」
レイシアはもう一度「内緒ですよ」と微笑んで、クシで髪をとかしてあげた。
すっかり乾いた後、髪の表面だけもう一度濡らし、「偽装工作です」と胸を張った。
サチは、「すみません。この事は本当に内緒にして下さい」と頼み、ルルも「言っても信じてもらえないわよ」と誰にも言わないことを約束した。そして、サチはレイシアとその場を少し移動し、レイシアに言った。
「レイシア様!」
「レイでいいよ。冒険者同士だから」
「いいえ、今のはメイドとして注意します。今回の旅は、レイシア様が冒険者として経験をつむためのもの。安易な特殊能力は使わないようにと注意を受けましたよね」
「はい」
「安易に魔法が役に立つと思われて甘えられるのもいけませんし、どんなふうに目を付けられるか分かりません。普通の冒険者として経験をつむには、周りと同じ行動をとるのですよ。レイシア様」
「はい」
レイシアは反省した。その姿を見たサチは、「じゃあ行こうかレイ」と、冒険者として、友人として接し直した。
◇
「じゃあ、少し早いが、暖まりながら昼食にしようか」
レイシアは、荷物の中から固いパンと干し肉を出した。もっと良い料理はいくらでも仕込んであるのだが、サチの言う通りだと思いなおし、ブラックキャッツの食事も同じものにした。
「こうしてやかんを掛けておけば、食後にお茶も飲めるぞ」
にこやかに語るリーダーを見て(そうか。お湯って一瞬で出せるものじゃないんだ)と、自分の認識を修正し始めるレイシア。最近魔法に頼り過ぎていたことに改めて気づかされた。
「誰か来ます!」
サチが叫んだ。武器を手に取り警戒するメンバーたち。2人組の冒険者らしき者が逃げるようにやってきた。
「二頭のボアに追われてる。手を貸してくれ」
男たちはそう助けを求めた。
「二頭か。一頭はこちらで対応しよう」
旅団のリーダー、ククリはそう言うとフォーメーションを確認した。
「ありがてえ」
男たちはそう言うと、戦うふりを一瞬だけしてあっという間に逃げ去っていった。
一頭目のボアに手いっぱいのメンバーは、大声を上げて止めたがもはやどうしようもなかった。
「ちくしょう、押し付けられたか」
ククリがあせった声で叫んだ。
「どういうことです?」
サチが聞いた。
「たまにいるんだ。獣を他の冒険者に押し付けて逃げ去る奴が」
「では、もう一頭は私たちにまかせてもらいますね」
レイシアとサチは、遅れてくるボアに向かって駆け出した。
「待って! 怪我はしないでね」
引き留めようとするルルも、ボアにかかりきりで余裕がない。休んだとはいえ、2連戦目。しかも敵の難易度は上がっている。
ヒットアンドアウェイが持ち味のルルの足が鈍ってきた。盾役のククリが耐える。ケントが投てきで、ボアの気を散らしヘイトを向けさせる。その隙を突きゴートが剣をふるうが決定打にはならない。
最初から戦えればやりようも違ったが、下手に興奮させてから押し付けられたボアの対処はいつもよりも難易度が上がっていた。おまけに、水に濡れた体が重くなっていく。
「時間をかけても安全に倒すぞ。逃げられてもいい。怪我だけはするな」
肩で息をしながらククリが命じた。距離を取りながらボアに向かい、構えを取り直す黄昏の旅団のメンバー。今にも飛び掛かりそうなボアに警戒心が高まる。
右前足で2~3回、土を蹴るボア。飛び掛かる前の予備動作だ。グッと体を沈め、ルルに向かって飛び掛かる、その瞬間、
空からサチがひねりを加えながら落ちて来たかと思うと、陽光にきらめくウエディングケーキナイフでボアの首を切り裂いた。
サチはそのまま地面に転がった。首を切られたボアは、サチから逃げるように黄昏のメンバーの方へ進み倒れた。血飛沫を噴き出しながら。
ブシャァ—————
「サチすごい! よくやったわ!」
明るい声でレイシアがほめ讃えた。サチはサチで、
「ボア仕留めて帰ってきたら、ピンチそうだったんで思わず体が動いたけど、冒険者の規定に反してないよね」
と、斜め方向の心配をしていた。
レイシアは、カバンからボアを取り出し、
「こっちがさっき私たちが倒したボア。で、これが今倒したボア。どういう取り分にしましょう?」
黄昏の旅団のメンバーは、ボアが噴き出す返り血を浴びながら、ほのぼのと話すレイシアたちを見ていた。
やがて血の勢いもおさまり、ルルが口を開いた。
「あなたたち、本当にボアを倒してきたの? 返り血も浴びていないのに?」
「やだなー。切るとき気を使えば、返り血の出る方向くらい調整できますよね」
レイシアはそう言いながら、血まみれの旅団のメンバーを見てサチに言った。
「サチ、周りにも気を付けないと」
「すみません。距離があって急いでたので」
血まみれにさせた黄昏の旅団のメンバーに謝り倒すサチ。
「いや、あのままなら俺たちが怪我をしていた。むしろありがとう。ボアは2頭とも君たちのものだ。そうだよなみんな」
「「「おお」」」
危機を救われたククリたちはお礼を言った後、「この服はもうだめだな。みんなの分の着替えを出してくれ」とレイシアに頼み、もう一度髪や顔を洗いに川に向かった。
ルルも、「また見張りお願いできる?」と見晴らしが悪くなる場所までレイシアとサチを連れて行き、服を脱ぎ棄て川に入り、全身の血を洗い流した後新しい服に着替えた。
「ねえ、さっきの暖かい風、もう一度してくれないかな」
レイシアはサチの顔を見た。サチも今回は自分のせいと言うこともあり、レイシアを止めることはなかった。
「きもちいい~。あったかい~。生き返る~」
レイシアは、全身が温まるように風を送った。ルルは髪をとかされながら、心地よい時間を過ごすことが出来た。
その後男どもがたき火で暖まり、お茶を飲んで体力と精神を回復した黄昏の旅団は、レイシアとサチと共に街道に戻り先に進んだ。
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