領主との会談

 その後シャルドネは、バリューと一緒に領主から夕食に招かれた。バリューと一緒なのは領主からの言付け、「レイシアの事は一人では対処できん。バリューも一緒に聞いてくれ。頼む」という、ある種の敗北宣言があったから。


 夕食は、ターナー一家とシャルドネ、バリューの5人で取った。レイシアは、「私が取ったボアの肉ですよ」と今日の狩りの報告をし、クリシュは学園でのレイシアがどんな風に過ごしているのかを、シャルドネに質問した。


 シャルドネは、普段のレイシアの様子はとても食事の席では言えないと思い、当たり障りのない程度のことを答えながらお茶を濁していた。


「では明日、朝の礼拝の後教会で話し合いを開きましょう」


 バリューはそう言って教会へ戻った。シャルドネは、旅の疲れなのか、教会でのカルチャーショックの疲れなのか、部屋に案内されると着替えてすぐに寝入ってしまった。



 翌朝。


 メイドに起こされたシャルドネは、ターナー一家と共に教会へ向かった。


「ここの教会、参列者が多いのね。田舎だと信仰心があついのかな」


 都会では、教会は権威だけが高いと思われているせいか、人々からは敬遠されがち。朝から参拝する人などほとんどいない。


 朝の礼拝が終わった。


 チャン♪チャラチャラララ♪ チャン♪チャラチャラララ♪ チャチャチャ チャララン♪ チャラ チャン チャン♫


 いつものように「すーはー」が始まる。

 ご多分に漏れず、戸惑い困惑し、それでも付き合わされるシャルドネ。


 目を泳がせながらも、腕を回しては「すーはー」。体をひねっては「すーはー」。

 すーはーの洗礼を受けたシャルドネは、終わる頃にはすっかり立派な「すーはー信者」となっていた。



 そんなこんなで礼拝も終わり、教会の貴賓室に大人たち3人とレイシアが移動した。クリシュは孤児院で授業の支度。

 儀礼的な挨拶が終わり、シャルドネが単刀直入に言った。


「昨日、この教会を視察致しました。はっきり言っておかしいです。領主してこの状況は認識しているのですか!」


 クリフトは、てっきりレイシアの事を話されるのだと思っていたので、いきなりの質問に驚いていた。


「教会ですか? ええ。私がバリューを引き抜いて改革させました。まさかここまでやるとは思ってもいなかったのですが……」


「あなたは、教会本部に喧嘩を売るつもりなんですか!」

「売るつもりもなにも、最初から売っていますよ。おかげで教会本部からの来るはずの孤児院と教会の運営資金も、形ばかりしか来ないようになりました。すでに嫌われています」


「んなっ! 何を考えているんですか!」

「まあ、こんな辺鄙な領地の辺鄙な教会です。本部から見ればささいなことでしょう。それに、役に立つ人材が増えるのは、領主してもありがたいのですよ。ところで、今日はレイシアについてのお話ではなかったのでしょうか?」


 クリフトは話を本来のテーマ、レイシアの学園生活に戻そうとした。


「それです。レイシアがこのような、異常とも取れる成績を残せるのは、この教会のせいなのてはないのですか」


「教会と言うより、バリュー神父のおかげだと思っています。成績が良いと何か問題でも?」


「問題なのは、それだけの成績で彼女が奨学生だからです。この領には学費を納める義務があるのですが」


「申し訳ないと思っています。7年程前に起きた災害で未だに借金まみれなのですよ。4年後には、跡継ぎのクリシュが学園に入学するのですが、そちらまで奨学生にすることが出来なく、入園のための資金を貯めている所なのです」


 クリフトが言ったことは事実。レイシアの特許でかなりの額は溜まったが、クリシュが最優先。レイシアの分まではない。


「オヤマーのオズワルド様が、レイシアの授業料と寄付金を融通しても良いとおっしゃっておりますが」


「そうなのか、レイシア」 


「はい。何度か言われました。でも私は貴族にはなる気がありませんしお断りしました」

「そうか……」


 クリフトは少しだけ考えてから、シャルドネに答えた。


「私には言われていないのでなんですが、もしそのような申し出があってもお断りさせて頂くでしょう。お義父様にはご迷惑をおかけしたのですが、レイシアを担保に借金をする訳にもいきません。レイシアを取り込まれて持って行かれるのも父親として嫌です。レイシアが自由に将来を決められるようにしてあげたい。貴族になりたいのであれば、その提案も受け入れるのですが、そうでないならお断りいたします」


 シャルドネは、大きくため息をついた。


「こんな才能の塊を、平民落ちさせるのですか」

「才能があればどこでも生きていけます」


 レイシアが言った。

「貴族としては無理かも……」


(((確かに)))


 大人たちはそう思ってしまったが、誰も口には出さなかった。


 シャルドネは、レイシアに向かって話した。


「レイシア、貴族と言っても生き方は沢山あるのよ。私みたいに学園の教師になるのも貴族籍が必要なの。いいかい、授業料さえ払っていれば、学園を出ても結婚するまでは、どんな仕事をしても、何歳になっても、ターナー子爵令嬢のままなの。でも奨学生ではだめ。卒業したらすぐに貴族籍を剥奪されてしまうわ。学園に残る、教師になる、研究者になる、司書になる、そういった様々な仕事は貴族籍がなければなることができないの。あなたの才能を活かせる仕事のほとんどが貴族だからこそできる仕事なのよ。社交界だけが貴族のいる場所じゃないのよ。よく考えてみて」


 レイシアは、今まで思っていた事と違う情報に惑わされた。

 シャルドネは、今度はクリフトに言った。


「レイシアは、非常に優秀な成績です。昨日の教会の視察の結果、来年の座学も高成績で免除になるのが見えました。このままでは取れる授業は、平民コースでは「ビジネス作法」しかありません。私のゼミに入れようと画策しましたが、他の教授たちから前例がないと反対意見が続出し、学園長でも覆すことができませんでした」


 そこでひと息付くと、今度はレイシアにも顔を向けて続けた。


「学園長から、こう言われております。もし、来年受ける授業が5つ以下なら、奨学金を払う学園としては問題だ。授業を受けてもらわなければならない。レイシア、あなたには貴族コースも全部取ってもらいます」


「ええっ!」


「しょうがないじゃない。学園にいるのに授業に出ないなんて不自然よ。残っている単位貴族コースだけなんだし。貴族になるならないじゃなくて、知識を増やしなさい」


 シャルドネは襟を正して言った。


「これは、学園長からの奨学生へ向けての命令です。お父様もよろしいですね。不服があるのでしたら、入学金と授業料を払ってから仰って下さい。では、お話はここまででよろしいですね」


 学園長の伝言を伝え終え、ここでの会談は終了となった。

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